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阿波野青畝ゆかりの地

阿波野青畝の句碑 ・ 阿波野青畝の句

本名は敏雄。旧姓橋本。原田浜人、高浜虚子に師事。

山口誓子高野素十水原秋桜子とともに「ホトトギスの四S」と称された。

 明治32年(1899年)2月10日、奈良県高市郡高取町に生まれる。

 大正2年(1913年)、奈良県立畝傍中学校(現・奈良県立畝傍高等学校)に入学。

 大正6年(1917年)10月24日、高浜虚子が大和郡山の門人原田浜人を訪れた時、虚子と出会い、師事する。

 昭和4年(1929年)、俳誌『かつらぎ』主宰となる。同年『ホトトギス』同人。

 昭和8年(1933年)、妻・貞が病没。阿波野秀と再婚。

 昭和20年(1945年)、妻・秀が死去。翌年、田代といと再婚。

 昭和22年(1947年)6月、カトリック教会に入信。アシジのフランシスコの霊名にて受洗。

 平成2年(1990年)、森田峠は青畝より『かつらぎ』を継承。

 平成4年(1992年)12月22日、93歳で永眠。

高館の牛若と逢ふ五月かな

高舘(岩手県西磐井郡平泉町)

ベルツ、スクリツパ並びて日脚伸びにけり

東京大学医学部(東京都文京区)

湖中句碑明らかに月明らかに

浮御堂(滋賀県大津市)

蟻地獄聖はめしひたまひけり

唐招提寺(奈良県奈良市)

師の駕とともにあるなり花疲

那智の滝(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)

老人のヘルンを語る秋の宿

小泉八雲(島根県松江市)

阿波の渦淡路の渦と組討す

鳴 門(徳島県鳴門市)

帯塚にあるべかりける落椿

佛心寺(福岡県太宰府市)

春の水行くのみ古今伝授の間

(熊本県熊本市)

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