2009年山 梨

身延山久遠寺〜奥之院思親閣〜
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今日は身延山久遠寺(HP)の奥之院思親閣に行く。


 文永11年(1274年)5月、日蓮上人は西行峠を越えて身延山に入山。9年の間法華経の読誦に終始し、故郷のことを思い出しては遙かに房州小湊の両親を追慕したそうだ。

身延山山頂(標高1,153m)から望む富士川


思親閣仁王門


 弘安5年(1282年)9月8日、日蓮聖人は身延山から常陸に向かう。10月13日、池上宗仲公の館で61歳で入滅した。

祖師堂


 元禄5年(1692年)5月21日、貝原益軒は身延山の奥の院に上っている。

 是より身延山の上にのぼれば、二十余町有。是、奥の院なり。本院のうしろ、奥の院の堂は、いと高き所にあり。其上よりのぞめば、北に富士山、甲府など見へて、美景なり。七面明神の社は、其南に谷を隔、殊に高き山の上に有て、身延山と遠く相望めり。七面まで町より四里有と云。七面山の上に大なる池あり。山の面七所にわかれたる故、七面といへり。奥の院にも八間四面の堂ひとつあり。水呑と云所より、坂いとけはしといふ。


思親閣に田中智学の詩碑があった。


大正3年(1914年)、田中智学は国柱会を組織した。

身延山山頂から南アルプスが見えた。


中央が白峰三山らしい。

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