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法然上の 遺徳を 偲ぶ鐘の音 |



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茜草指(茜さす) 武良前野逝(紫野の行き) 標野行(標野行き) 野守者不見哉(野守は見ずや) 君之袖布流(君が袖振ふる)
孝書 |
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天智天皇7年(668年)5月5日、近江国蒲生野(滋賀県八日市市)に狩猟された時の歌。 |
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平成10年(1998年)10月3日、91歳で没。 平成12年(2000年)10月、美作万葉の会建立。 |

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雲従無心来 還向無心去 無心無処尋 奠覧無心處
犬養毅 |

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雲のごとく高く くものごとくかがやき 雲のごとくとらわれず |
| 明治15年(1882年)4月7日、新潟県高田五分一町(現:上越市幸町)に生まれる。 |

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花もてる夏樹のうへ をあゝ時がじいん じいんと過ぎてゆ くなり |

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二つ居りて啼く こゑ聞けば相 呼ばふ鳥がね悲 し山の月夜に |
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大正15年(1926年)8月、斎藤茂吉は第3回アララギ安居会の折、埼玉県秩父市の三峯神社を訪れた。 |

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夜もすがら口中に 異物無く眠るわが 境涯の安けさあはれ |

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屋敷をとりめぐる清流は、領主の居館に近い 庄民の家々の用水として、その軒下の小溝に 分かれ、流れた末は、やがて北の庄から南流 して、耕地の上方二つの池に貯へられ、温め られて田に流れ入り、そこから南の庄をうる ほした末は、野末に行くにまかしている。 |

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鴬や 山をいづれぱ 誕生寺 |

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山なみ遠に春はきて 辛夷の花は天上に 雲は彼方に帰れ共 帰るへ知らに越ゆる路 |

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山行くはたのし からずや高山の 青雲恋ひて 今日も山ゆく |
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明治26年(1893年)10月13日、山形県山形市菅沢に生まれる。 大正3年(1914年)、斎藤茂吉に入門。 昭和43年(1968年)、斎藤茂吉記念館開館。 昭和49年(1974年)6月29日、死去。 |
| 宮柊二「赤き柿食へば歯に沁みおもほゆる雪乱れ降るわれがふるさと」の歌碑もあったようだが、分からなかった。残念である。 |
