俳 書

『陸奥鵆』(桃隣編)


桃隣自序。元禄10年(1699年)8月、素堂跋。芭蕉の句を105句収録。

天野桃隣は本名勘兵衛。通称藤太夫。太白堂。

享保4年(1719年)12月9日、没。享年71歳。

[陸奥鵆 一]

[無都遅登理 五]@ABC

されば師が東行の袂にすがり、はじめて富士の高きを驚き、むさしの広きをうかゞふ。まことに風雅は野のごとく山にひとし。凡山岳千草の名のわかるゝ事も、ひとへに此道の為に有なるべし。四時の変にまかせて、松嶋蚶潟に神を動し、玉川に筆を染たる駅の巻々一集に綴り、其足形の跡をふんで、『むつちどり』と名付るものならし。

太白堂桃隣

   春 部

人も見ぬ春や鏡のうらの梅

年々や猿にきせたる猿の面

蓬莱に聞ばや伊勢の初便

大津絵の筆のはじめは何仏

春も漸けしき調ふ月と梅

梅が香にのつと日の出山路哉

鶯や柳のうしろ藪の前

傘に押分見たる柳哉

八九間空に雨降柳哉

永き日を囀りたらぬ雲雀哉

青柳の泥にしたるゝ汐干哉

蛇喰ふと聞ばおそろし雉の声

辛崎の松は花より朧にて

   あすは檜の木とかや、谷の老木の
   いへる事あり。きのふは夢と過て、
   あすはいまだ来らず、たゞ生前一
   樽のたのしみの外に、あすはあすは
   といひくらして、終に賢者のそしり(※「此」+「言」)
   をうけぬ。

さびしさや華のあたりのあすならふ

花の雲鐘は上野か浅艸か

木の下は汁も膾もさくら哉

   加州白山奉納

うらやましうき世の北の山桜

   東叡山

四つ五器の揃はぬ花見ごゝろ哉

   かづらきの麓を過る

猶見たし花に明行神の顔

景清も花見の座には七兵衞

   望湖水惜春

行春をあふみの人とお(を)しみける



   夏 部

鎌倉をいきて出でけむ初鰹

木がくれて茶摘も聞や郭公

ほとゝきす啼や五尺のあやめ草

   行 旅

野を横に馬引むけよ時鳥

   深 川

ほととぎす声や横と(た)ふや水の上

   不卜一周忌、琴風興行

杜鵑鳴音や古き硯ばこ

卯の花やくらき柳の及ごし

駿河路や花橘も茶の匂ひ

紫陽花や帷子時の薄浅葱

ふらずとも竹植る日は蓑と笠

   石山に籠るとて

先頼む椎の木も有夏木立

   那須温泉

湯をむすぶちかひもおなじ岩清水

   殺生石

石の香や夏草赤く露暑し

   須ヶ川等躬興行

風流のはじめや奥の田植歌

   きさかた

蚶潟や雨に西施が合歓花

   西行ざくら

ゆふ晴やさくらに涼む波の花

   貧家

蚤虱馬の尿するまくらもと

蝸牛角ふりわけよ須磨あかし

蛸壺やはかなき夢を夏の月

   嵯峨に籠し比

六月や峯に雲を(お)嵐山

清滝や波に塵なき夏の月

   尾州野水新宅

涼しさを飛騨のたくみが指図哉



   秋 部

文月や六日も常の夜には似ず

早稲の香や分入右はありそ海

あかあかと日はつれなくも秋の風

   太田神社 宝物実盛鎧

むざんやな甲の下のきりぎりす

   加州一笑墓に詣

塚もうごけ我泣声は秋の風

あの雲は稲妻を待たより哉

青くてもあるべき物を唐がらし

   女木沢桐奚興行

秋に添て行ばや末は小松川

   古郷墓

一家(いっけ)皆白髪に杖や墓参

松茸やしらぬ木の葉のへばりつく

名月や池をめぐりて夜もすがら

名月や門へさし来る汐頭

  敦賀にて

名月や北国日和さだめなき

夕顔や秋はいろいろのふくべ哉

  対伊陽門人

行秋や手をひろげたる栗の毬

蓑虫の音を聞きに来よ草の庵

  重陽 南都に一宿

菊の香や奈良には古き仏達

びいとなく尻声悲し夜の鹿

  大坂芝柏興行

秋ふかき隣は何をする人ぞ



   冬 部

  鳳来寺

夜着ひとつ祈出して旅寝かな

口切に堺の庭ぞなつかしき

葛の葉のおもて見せけり今朝の霜

鞍壺に小坊主のせて大根引

いざゝらば雪見に転ぶ所まで

いかめしき音やあられの檜笠

寒菊や小粃(こぬか)のかゝる舂(臼)の端

金屏の松のふるびや冬籠

兎も角もならでや雪の枯尾花

闇の夜や巣をまどはして鳴鵆

魚鳥のこゝろはしらすとしの暮

蛤もいける甲斐あれとしの暮

   春 部

梅咲て馬の面出す萱屋哉
   露沾

桃の日や蟹は美人に笑はるゝ
   嵐雪

   此春招かるゝ方ありて
  難波
分別に百里の羽や花の年
   その女

見上ればまだ日の残柳哉
   野坡
  濃州
川上へ流るゝやうな柳哉
   此筋
  
朝起や独花見の壁訴訟
   千川

   旅 行
  
散花や笠にあふぎて玉津嶋
   文鳥

花鳥の分別若し三十二
   支考
 奥州桑折
物おもふ人の姿や朧月
   不碩
  
雨風にならで消行霞哉
   馬耳

出替りや其門に誰辰の市
   嵐雪
  濃州
物よは(わ)き草の座とりや春の雨
   荊口

   深川菴

おもふふさま遊ぶに梅は散らば散
   惟然

青柳に念なかりけり朧月
   杉風
  庄内
猫の恋通ふや犬の花の先
   重行

[むつちどり 二]

伊達郡桑折、田村氏は、武江不卜門葉にして、年来(としごろ)此道を好み、陸(みちのく)の巷を蹈分たり。迷ひ行下官(やつがれ)、彼が扉(とぼそ)を敲き、膝をゆるめて、

誰植て桑と中能(なかよき)紅畠
   桃隣

   蓬菖蒲(あやめ)に葺き隠す宿
   不碩

陰の膳旅の行衛をことぶきて
   助叟

   子どもの三十おさな名を呼
   馬耳

 遙に旅立と聞て、武陵の宗匠残りなく餞別の句を贈り侍られければ、道祖神も感通ありけむ、道路難なく家に帰り、再会の席に及び、此道の本意を悦の余り、を(お)のを(お)の堅固なる像を一列に画て、一集を彩(いろどる)ものなり。

   子の弥生日

   惜暫別

虚空を引とゞめばや鳳巾(いかのぼり)
   嵐雪

   餞 別

饅頭で人を尋よやまざくら
   其角

 往し春蕉翁が東行を思ひを(お)りて、こたび先師の枝折を尋、松島の夕陽、蚶潟の朝旭をたどりぬ。遠き境、嶮しき山路、深き江、速き瀬、野に暮、里に明るの難、おもへば翁の心ざし哀にもかなしく、予が行旅の首途に二たび、像を拝せしめんがため、画工につけて物し侍りぬ。無下に紙魚の古巣にせさら(られ)ん事、本意なく今爰にあらはし侍りぬ。

   頓て死ぬけしきは見えず蝉のこゑ



おほ(う)た子に髪なぶらるゝ暑サ哉
   その女

   夏 部
  伊賀
麦担興津の海士の暇かな
   猿雖

五月雨や蚓(みみず)の潜ル鍋の底
   嵐雪

夏草に脇指さして見せばやな
   惟然
  仙台
朝湿り紫陽花転て水の隈
   千調
  須ケ川
浅香山影や蚊遣の細明り
   等躬

   打麦歌

蝉鳴や麦を打音三々々
   嵐雪

[武津致東利 三]

   陸奥にくだらむとして、下野国まで旅立
   けるに、那須の黒羽と云所に、翠桃何
   某住けるを尋て、深き野を分入る程、
   道もまがふばかり草ふかければ、

秣負ふ人を枝折の夏野哉
   芭蕉

   元禄六酉仲秋、深川芭蕉菴留主の戸
   に入て

生綿取雨雲たちぬ生駒山
   其角

 芋の煮売の中の松茸
   桃隣



   貞享五戊辰菊月仲旬
   蓮池の主翁、又菊を愛す。きのふは
   廬山の宴を聞き、けふは其酒の余を
   すゝめて、独吟のたはぶれとなす。
   猶おもふ、明年誰かすこやかならん
   事を。

   十日菊

いざよひのいづれか今朝に残る菊
   芭蕉

残菊はまことのきくの竟(をはり)
   路通

此客を十日の菊の亭主有
   其角

   十三夜

もろこしに不二あらばけふの月見せよ
   素堂

かげふた夜たらぬほどてる月夜哉
   杉風

我身には木魚に似たる月見哉
   宗波

木曽の痩もまだなを(ほ)らぬに後の月
   芭蕉

 秋 部

   甲斐の府にて申侍る

晴るゝ夜の江戸より近し霧の不二
   素堂

花薄階子(はしご)つれなくこけかゝり
   嵐雪

一塩の妻もあるらん天津雁
   其角
  大坂
置霜に菊の力や油糟
   車要
  沢山
十団子(とをだご)も小粒になりぬ秋の風
   許六

霊棚の粟にさきだついの字哉
   嵐雪

今朝は誰秣を刈て女郎花
   馬耳

二日酔是や躬恒の菊の亭
   不碩

七十の腰も反する鳴子かな
   其角
  庄内
秋風や梢に蝉のあらたまり
   重行

   鎌倉若宮にて

青雲に松を書たりけふの月
   嵐雪

   芭蕉庵

来るも来るも豆腐好キ也けふの月
   桐奚

   深川指月菴

名月や爰は朝日もよい所
   杉風

白鷺や蓑脱やうに後の月
   其角

   江のしま

日を拝む蜑(あま)のふるへや初嵐
   嵐雪

   遊行寺

十人の殿等強し梅もどき
   桃隣

   壬生の辺にまかりて

匂ひ来る早稲の中より踊哉
   言水

[むつ千鳥 四]

   亡友芭蕉居士、近来山家集の風躰
   をしたはれければ、追悼に此集を
   読誦するものならし。
   素堂

あはれさやしぐるゝ比の山家集

   一とせ芭蕉、須ヶ川に宿して駅の
   労れを養ひ、田植歌の風流をのこ
   す。与其跡を慕ひ、関越より例
   相楽氏をたづね侍り。

踏込で清水に恥つ旅衣
   桃隣

 章歌とはれてあぐむ早乙女
   等躬

鑓持のはねたる尻や笑ふらん
   助叟



   冬 部

笠とれば六十顔のしぐれ哉
  その女

   由比の浜

踏込で清水に恥つ旅衣
   桃隣

鵯の鳴たつ栗の落葉哉
   如行

   去来〔の〕句を尋に文通し侍る
   に、清書の間に合がたく、反故の
   中を探りて、漸一句を拾ふ。

河原毛の烏帽子の上や初しぐれ
   去来

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