俳 書

『泊船集』(巻之六)


元禄11年(1698年)11月、板行。風国編。

風国は京都の医師伊藤風国。通称は玄恕。

泊船集 巻之六

洛陽 風國撰次

   春

一とせに一度つまるゝ菜づなかな
   芭蕉

畑から頭巾呼なり若菜つみ
   其角

若菜つみ敷物やろ(ら)うさん俵
   去来

若草に初音がましや朝鳥
   野坡

踏分る雪が動けばはや若な
   惟然

物をいふ友もしら髪の若葉哉
   風国

若菜つむあとは木をわる畠かな
   越人

   梅

おもふさまあそぶに梅はちらばちれ
   惟然
越中井ナミ
宮守はわづかに梅のくらしかな
   林紅
 ぶんご
鶯に目白はすうといふ(う)てのく
   朱拙

  如行亭にて
 ヲハリ
鶯や巣を掛かえ(へ)て寝る覚悟
   露川

   柳

ぼんぼりと日のあたりたる柳かな
   野坡

  大淀なりひらの松はかれて、世つぎの松と里
  人のいへり
  いせ
此木かとのぞくや松の若みどり
   団友

  惟然へ申遣しける

木の枝にしばしかゝるやいかのぼり
   嵐雪

   帰 厂

麦くひし雁とおもへどわかれ哉
   野水

厂の声おぼろおぼろと何百里
   支考

   花

花ざかり大腹中になりけらし
   杉風
 長サキ
てつぽうの矢さきにちるや山櫻
   卯七
  いが
立もどり花見や過す畠行
   卓岱
  
此比やあとさきしらず花に蝶
   猿雖

鳶の輪につれてよらばや山ざくら
   丈草
 大つ尼
あふさかや花の梢のくるま道
   智月

  豊後朱拙此春は登りあはんなどいひ(し)来し
  けるに

もろともに影も蹈べき花の陰
   風国

   おぼろ月

  弟魯町が故郷へかへるを送りて

手をはなつ中に落けりおぼろ月
   去来

  園城寺にあそびて

石山へまい(ゐ)らばとても朧月
   風国

宵闇もおぼろに出たか出て見よ
   惟然
ぶんご日田
庭鳥の声もしまらずおぼろ月
   紫道

   ひがん
ちくぜんくろさき
戸障子を明はなしたる彼岸哉
   水札

   重三
ぶんごヒダ
雛立て刀自になる也娘の子
   りん

つぼふかき盃とらん桃の花
   北枝

山ぶきに春を渡して青葉哉
   支考

    この句『菊の香』の夏の部書たがえ(へ)侍れば
    今出しぬ。

   夏

  奥州今のしら河に出る

早苗にもわがいろ黒き日数哉
   芭蕉

   郭公

郭公たとへちか道猿すべり
   正秀

飛こんだまゝか都の子規
   丈草

横雲の間や山出しの子規
   去来

  難波
住よしを忘れてやゐる郭公
   諷竹

 越中井波
子規山田の水に色がつく
   浪化

   鳥

くびたてゝ鵜のむれ登る早瀬哉
   浪化

やうやうと出て鳴時かかんこ鳥
   丈草

  仰木の里の書懐

おのがねの尼や水鶏の礒の闇
   丈草

さへづりを略して夏の小鳥かな
   浪化

   ぼたん
 越中井波
一まづはぼたんくづるゝひる間哉
   路健

  曲水の子をいたみて

呼声はたえてほたるのさかり哉
   丈草
 三州
子をつれて猫も身がるし更衣
   白雪

蝶々のかるみ覚へ(え)よ更衣
   野坡

  木曾塚にまうづ
 南都
こしかたの見たてすゞしき茂り哉
   玄梅

  高舘にて
  江戸
卯の花に兼房見ゆる白毛かな
   曾良

   五月雨

さみだれの尻をくゝるや稲びかり
   去来

   夕だち

夕立にはしり下るや竹の蟻
   丈草

   あつさ

石も木も眼にひかるあつさかな
   去来

   旅 行

かたびらにあたゝまりまつ日の出かな
   丈草

  玉江にて

貰はふ(う)よ玉江の麦の刈仕まひ
   惟然

  惟然にわかるゝ
越中今石動
かぶるゝなけふの細道草いきり
   濫吹

  惟然にわかるゝ
越中ありそ
はなれ場や又おちつかぬ菱の花
   拾貝

  おなじく
おなじく
秋ちかき事もわかれのひとつかな
   路青

   夕凉み

つゝ立て帆になる袖や夕凉み
   丈草

  糺にて

みたらしやなかばながるゝ年わすれ
   素堂

   秋

  かゞ小松にて

ぬれて行人もお(を)かしや雨の萩
   芭蕉

秋たつや鷹のとや毛のさゝのこり
   浪化
 長サキ
(を)どり子とちさ(そ)うとらるゝ髭お(を)とこ
   魯町

   あきかぜ

秋風や羽織をまくる小脇指
   北枝
 越中高岡
蟷螂や裾はらふ手にすがり付
   十丈
 出羽つるが岡
こぼれたる粟穂の雀あれへ飛
   重行

夕ぐれをおもふまゝにもなくうづら
   惟然

   月

  悼遠流の天宥法印

その玉(魂)を羽黒にかへせ法の月
   芭蕉

猶月にしるや美の路の芋の味
   惟然

川ぞひの畠をありく月見哉
   杉風

  酒田夜泊

出てみれば雲まで月のけはしさよ
   惟然

  ならにて

菊の香や奈良はいく代の男ぶり
   芭蕉

   冬

風雲や時雨をくゝる比良おもて
   丈草

満山のしぐれつきあふ菴の上
   仝

山がらの里かせぎするしぐれかな
   去来

あたゝかに宿は物くふしぐれ哉
   野坡
  さが
酒になるげんかいなだのしぐれ哉
   野明

  金閣寺にて

しづかさは赤松石を時雨哉
   風国
 越中高岡
水仙やあい(ひ)に時雨のつよう来る
   十丈

   雪

九重にみなれぬ雪の厚さかな
   去来

さかまくやふりつむ嶺の雪の雲
   丈草
ちくぜん黒崎
くせものやとんとないだる宵の雪
   沙明

  奥州のある寺に入て

薪もわらん宿かせ雪のしづかさよ
   惟然

雪雲のとり放したる月夜哉
   沙明

六ツ過の雪のくらみやほの明
   浪化

有明にふりむきがたき寒さかな
   去来
  鳴海
手ならひの師匠へやるや大根引
   知足

   持病にこもりける比

介病を壱人前する火燵哉
   去来

裏門の竹にひゞくや鉢叩き
   丈草

年もはや牛の尾程の便りかな
   去来



  泊船集梓工へ遣したる後、筐底をさぐりて、

  露沾公にて

西行の庵もあらん花の庭
   芭蕉

 くろさき
行くとしや木の葉混りのくだけ炭
   沙明



  長崎より來る去來子書中に、小倉にて七夕の
  ひる、

七夕をよけてやたゝが船躍

    たゝは漁夫の女、船躍は雨乞なり。

  七夕は黒崎、沙明にて

うちつけに星待つ顔や浦の宿

  長さき盆会に

見し人も今は孫子や墓参り

  同所諏訪大明神にまうでゝ

貴さを京でかたるもすはの月

  丈草子へも御つたへなさるべく候。

八月卅日
去来
 風国丈

元禄十一戊寅年

   十一月吉日

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