俳 書
『初蝉』(風国編)
あきの部 |
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くらがり峠にて |
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菊の香にくらがり登る節句かな | ばせを |
此句、菊の香やならにはふるき仏達 |
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といへる同日の吟なり。 |
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越中 |
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三日月やまだ稲の穂の出そろはず | 十丈 |
あさがほや夜は葎のばくち宿 | 去来 |
彦根 |
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七夕は七ゆふだちの仕廻(しまひ)かな | 李由 |
豊後日田 |
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山の井や猿もあぐらを星むかえ(へ) | 朱拙 |
七夕やまだ越後路のはい(ひ)り初 | 惟然 |
加州 |
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草の萩を(お)くや残暑の土ほこり | 北枝 |
釣竿をとり置て見んそばの花 | 風國 |
稲妻のかきまぜて行やみよかな | 去来 |
ゼゞ |
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見處は松のかしらぞけふの月 | 游刀 |
ゼゞ |
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情(精)出すや月の名ごりをなくいとゞ | 正秀 |
もゝ島の浦は、村上近き処にて、有 |
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明のうらと聞ば |
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月になくあれは千鳥か穐のかぜ | 仝 |
象潟にて |
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名月や青み過たるうすみ色 | 惟然 |
羽黒山に僧正行尊の名ありけるに、 |
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人々案内せられて |
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豆もはやこなすと見ればおどろかな | 仝 |
時を今渡るや鳥の羽黒山 | 仝 |
湯殿山にて |
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日のにほひいたゞく穐の寒さかな | おなじく |
筑後ノ国ある人の許にて |
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何たんの米で仕廻(しまひ)ぞ菊の客 | 朱拙 |
木づたふ(う)て穴熊出る熟柿かな | 丈艸 |
ヲハリ |
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鴫鳴て花表(とりゐ)のおくは何もなし | 露川 |
はつぜみ校考 |
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またいつと寄占のはたや秋のかぜ | 惟然 |
冬の部 |
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イガ |
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初雪や植こみ退て松たは(わ)む | 卓岱 |
イガ |
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雪の客おもひ出さば誰か出む | 土芳 |
旅の屋の次の火燵や柴の熾(おき) | 猿雖 |
鷹の目の枯野にすは(わ)るあらしかな | 丈草 |
掛声で松きる旦のつらゝかな | 水札 |
はつぜみ校考 |
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「吹あらしあらじと今は山やおもふ行 |
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あかつきのねざめなりしを」といふを |
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誦して |
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山やおもふ紙帳の中の置火燵 | 丈草 |
春の部 |
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花ぐもり田にしのあとや水の底 | 丈草 |
大津あま |
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ものよみや花ぞひらくる一葉づゝ | 智月 |
水口にて廿年を経て、故人に逢ふ |
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命二ツ中に活たる桜かな | 芭蕉 |
ミノ |
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春雨や芦間の蟹も小陰とる | 如行 |
イセ |
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山吹や羽織のならぶはしの上 | 団友 |
クロサキ |
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鶯や楠の千枝にとりかゝり | 沙明 |
かげろふに隣の茶さへ澄ニ梟(鳧) | 丈草 |
ヲハリ |
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真上よりふん落したる雲雀かな | 素覧 |
三州新城 |
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なはしろに去年の案山子と見えニ梟(鳧) | 白雪 |
爐ふさぎや鉢にもえたつ小きりしま | 沙明 |
豊前中津医師玄貞の亭にて |
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百草や払はぬまどのうらゝかさ | 朱拙 |
越中高岡十丈亭にて |
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椿迄ちるにとなみの山の雪 | 北枝 |
はつぜみ校考 |
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ふしみの任口上人にあふ(う)て |
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我衣にふしみの桃の雫せよ | 芭蕉 |
夏の部 |
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越中に入 |
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ゆり出すみどりの波や麻の風 | 惟然 |
よし野にてあはれうものか郭公 | 去来 |
イガ |
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郭公道くさすると人や見む | 風麦 |
ヒコネ |
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竹の子にいにのこりてや四十から | 許六 |
さが |
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此森をはなれぬ夏の烏かな | 野明 |
月の山にて |
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雲のみねいくつ崩れて月の山 | 芭蕉 |
いな事につらるゝ河の螢かな | 沙明 |
女 |
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麦の穂に追かへさるゝ胡蝶かな | 可南 |
加賀山中入湯 |
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こゝもはや馴て幾日ぞ蚤虱 | 惟然 |
藪の根やあけてゆり出す茶摘歌 | 去来 |
初蝉校考 |
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ほとゝぎすまねくか麦のむら尾花 | ばせを |
尾花沢清風亭にて |
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すゞしさを我宿にしてねまるなり | ばせを |
面白うてやがてかなしきう船かな | 仝 |
此句晋子が所持の翁の自筆には |
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面白うてやがてなかるゝ鵜ぶねかな |
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と侍りぬるよし、晋子より申こしぬ。 |