芭蕉の句

かれ朶に烏のとまりけり秋の暮
| 枯枝に烏のとまりけり秋のくれ | はせを |
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| 鍬かたけ行雰の遠さと | 素堂 |
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『幽蘭集』(暁台編) |
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野渡无人舟自横といふ詩は無形の畫なり。空しき舟に鷺をのせて及第せし畫は有形の詩也。此景情飲水冷暖自知するが如く、しる人は知り見る人は見る。されば西行上人は秋の夕ぐれを、岨の立木の鳩の聲に五百年ノ前に聞、芭蕉老人は枯枝の烏に秋の暮を五百年の後に見る。たゞ一器の水を一器に移せり。 |
| 枯朶に烏のとまりけり秋の暮 | 芭蕉翁 |
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| 木棉(キワタ)且ツゑむ田の中の畑 | 越人 |
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『鵲尾冠』(越人編) |
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枯枝に烏のとまりけり秋の暮 此句ハ季吟はせを素堂一派新立の茶話口傳の一章なり。夫木集に「鳶からすねくらとやせんかねてより我身の肢のおそろしき哉 慈鎮和尚」これらの心によくかなへり。只一とせの花紅葉の栄枯をいふて、人間無常の観想もあるへし |
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「枯枝に烏がとまっているが、そのさまはまことにものさびしい限りであって、これこそ秋の暮にふさわしい赴であるよ」の意。 自然の実景に感合して成った句ではなく、「秋の暮」の情趣を水墨画ふうの「寒鴉枯木」という情景に見出だしたと興じているのである。『泊船集』には「秋のくれとは」という前書があるが、それだと句は、その間に答えるような発想をとっていることになる。その点、後の『曠野』の句形は純粋な自然観照の句となっているが、原句のもっていたはりが失われたようである。この句は蕉風頓悟の句として喧伝されているが、それは誇張であって、談林から蕉風への一過程を示すものにとどまる。『ほのぼの立』で高政が古風とか中古の風に対して、当風の句としているように、談林のわくを出ていず、句の質としては「夜竊かに虫は月下の栗を穿つ」のほうが、蕉風への源流をなすものであろう。しかし、こうして道具立としてとりこまれた古典ないし漢詩文的なものが、内奥において摂取されるにいたり、蕉風が確立してくるのである。 |
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岩手県北上市の白髭神社 宮城県加美町の長興寺 福島県南会津町の常楽院 茨城県鹿嶋市の鹿島神宮 群馬県桐生市の梨木温泉、渋川市の木曽三社神社 埼玉県飯能市の観音寺 千葉県銚子市の浄国寺、匝瑳市の宝光寺、鋸南町の信福寺 長野県中野市の三叉路、茅野市の多留姫の滝 山梨県大月市の猿橋 愛媛県松山市の一心庵 福岡県添田町の町民会館 佐賀県鳥栖市の本照寺 大分県国東市の文殊仙寺に句碑がある。 |




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