俳 書

『泊船集』(巻之四・巻之五)


元禄11年(1698年)11月、板行。風国編。最初の芭蕉句集。574句を収録。

風国は京都の医師伊藤風国。通称は玄恕。

元禄9年(1696年)9月、『初蝉』刊 。

泊船集 巻之四

   芭蕉庵拾遺稿

洛陽 風國撰次

秋之部

   越後の國高田醫師何かしを宿として

藥園にいつれの花を草枕

文月の六日も常の夜には似す

  出雲崎にて

荒海や佐渡に横たふ天の河

  かゝ小松にて

しほらしき名や小松ふく萩すゝき

萩はらや一夜はやどせ山の家

   この句、續みなしぐりの頃也
   また
   「狼も一夜はやどせ萩がもと」と加様にもき
   こえ侍りけり。笈日記には、芦がもとゝあり
   ぬ。

小萩ちれますほの小貝こさかつき

しら露をこほさぬ萩のうねりかな

  をみなへし

ひよろひよろと猶露けしやをみなへし

家はみな杖に白髪の墓参り

   此句前書續さるみのにありぬ

  尼壽貞か身まかりけるときゝて

數ならぬ身となおもひそ玉祭り

あさかほに我はめしくふ男かな

   此句前かきみなし栗集に見えたり

  稲妻

あの雲はいなつまを待つ便りかな

いなつまや闇のかた行五位の聲

稲妻にさとらぬ人の貴さよ

   此句の詞書己か光に見えたり

  骸骨繪賛に

いな妻やかほの處がすゝきの穂

   この句の詞書は續さるに見えたり

  秋風

あかあかと日は難面も秋の風

  那谷の觀音にて

石山の石より白し秋のかせ

   加賀山中桃妖に名をツけ玉ひて

桃の木の其の葉ちらすな秋の風

一笑といふ者此道に好る名のほのほのと聞えて世に知人も侍りしに去年の冬早世したりとそ其兄追善を催すに

塚も動け我なく聲はあきの風

  座右之銘

   人の短をいふ事なかれ

   己が長をとく事なかれ

物いへは唇寒し秋の風

これは去來千子いせの紀行書て深川へ送りけるかへりに此句を其おくに書付たまひしなり

西東あはれさおなし秋の風

  月

   大層根の成就院にて

ありとあるたとへにもにも似す三ヶの月

   此句いつれの集にやら五文字を何事のとありぬ

   更科姨捨之辨 今畧之 小文庫に見えたり

俤や姨ひとりなく月の友

いさよひもまたさらしなの郡かな

元禄二年つるかの濱に月をみて氣比の明神に詣遊行上人の古例をきく

月清し遊行のもてる砂の上

雲折々人を休る月見かな

名月や門にさし込潮かしら

  堅田十六夜の辨 二句

   今畧之 小文庫に見えたり

鎖明て月さし入よ浮御堂

安々と出ていさよふ月の雲

   常陸へまかりけるとき船中にてく

明ほのや廿七夜も三ヶの月

月さひよ明智か妻のはなしせん

   此句の詞書勸進帳に見えたり

柴の戸の月や其まゝあみた坊

   此句のはしかき小文庫に見えたり

名月や座にうつくしき皃もなし

   此句の説初せみ集に見えたり

寺に寐て誠顔なる月見かな

此句は鹿島にまうてたまひて根本寺にての口號なるよし

三ケ月の地は朧なりそは畠

   此句には三ケ月の記あり今畧之

   深川の五本松といふ處に舟をさして

川上とこの川下と月の友

   敦賀にて

名月や北國日和さためなき

淺水のはしを渡る時俗あさうつといふ清少納言の橋はとあり一條あさむつのとかける處なり

あさむつや月見の旅の明はなれ

   玉江に

月見せよ玉江の蘆を苅ぬさき

   湯尾

月に名を包みかねてやいもの神

   燧山

義仲の寐覺の山か月悲し

   

月のみか雨に相撲もなかりけり

こよひたれ芳野の月も十六里

   正秀亭初會興行

月代や膝に手を置宵の宿

名月や池をめくりて夜もすから

   義仲寺

三井寺の門たゝかはやけふの月

戸をひらけは西に山あり伊吹山といふ花にもよらす雪にもよらす只これ孤山の懐あり

其まゝに月もたのまし伊吹山

   いか山中にありて 二句

名月にふもとの霧や田のくもり

名月の花かと見えて棉畑

   

盆過て宵やみくらし虫の聲

   聴閑

簑虫の音を聞に來よ草の庵

此句いつれの集にかいかはせを庵と前書あれと是は深川の庵なるへし

蜻蛉やとりつきかねし草の上

   堅田にて

海士の屋は小海老にましるいとゝ哉

加賀小松と云所多田の神社寳物として實もりか菊からくさのかふと同しく錦のきれ有遠き事なからまのあたり憐に覺えて

むさんやな甲の下のきりきりす

   田中の法臧寺にて

苅あとや早稲かたかたの鴫の聲

   堅田にて

病雁の夜さむに落て旅寐かな

   草の花

草いろいろおのおの花の手がら哉

   恕水別墅

籠り居て木の實草の實拾はゞや

  はせを

船となり帆となる風のはせをかな

   此句翁の製なりとある人申されし實否はしらず

はせを野分して盥(たらい)に雨を聞夜哉

草の戸や日くれてくれし菊の酒

   此句は乙州か酒を携へ来りし時の事なるべし

   加州山中重陽

山中や菊は手をらぬ湯の匂ひ

菊の花咲や石屋の石の間(あひ)

   木因亭にて

かくれかや月と菊とに田三反

   ならの重陽

菊の香や奈良にはふるき佛達

   くらかり峠にて

菊の香にくらかり登る節句かな

   難波その亭

白菊の目にたちて見る塵もなし

   此句にて哥仙あり

   木曾路にて

棧や命をからむ蔦かつら

  ほうつき

  畫賛

鷄頭や雁の來る時尚あかし

  唐からし

   深川夜遊

青くてもあるへき物を唐からし

   此句にて哥仙あり深川集に見えたり

   無名庵

草の戸を知れや穂蓼に唐からし

   伊賀山中 二句

そばはまた花ともてなす山路かな

松たけやしらぬ木の葉のへはり付

ひいとなく尻聲かなし夜の鹿

   秋のくれとは

枯枝に烏のとまりけり秋の暮

こちらむけ我もさひしき秋の暮

此句は雲竹かうしろ向の像に賛をのそみけるに書て遣はされし

人聲や此道かへる秋のくれ

此道や行人なしに秋のくれ

   大坂清水茶店 四郎右衛門にて

松風の軒をめくつて秋くれぬ

早稲の香や分入右はありそ海

   同行曾良に別れたまふとて

けふよりは書付消サん笠のつゆ

一家に遊女も寝たり萩と月

庭はいて出はや寺にちる柳

此二句詞書は細道にとめられ侍れはもらしぬ

   ある草庵にいさなはれて

秋さひし手もとにむけや瓜なすひ

   越前いろの濱にて

さひしさや須广にかちたる浦の秋

   守榮院

門に入れは蘭に蘇鉄の匂ひ哉

   野々宮

野々宮の花表に蔦もなかりけり

   鳴海知足亭

よき家や雀よろこふ背戸の秋

   畫賛

西行の草鞋もかゝれ松の露

   住よしの市

舛かふて分別かはる月見かな

   車庸亭

面白き秋の朝寐や亭主ふり

   草庵をたつねて

粟稗にまつしくもなし草の庵

元禄二とせの秋みのゝ國大垣よりいせのせんくうにまうて侍りしふねの中にておうける人に申たる句

はまくりのふた見に分れ行秋そ

内宮はことおさまりて下宮のせんくうおかみ侍りて

たうとさにみな押あひぬ御遷宮

   女木澤桐奚興行

秋に添て行はや末は小松川

  題しらす

夕顏や秋はいろいろの瓢かな

おくられつ送りつ果は木曾の秋

むかしきけちゝふ殿さへすまひとり

榎の實ちるむくの羽音や初嵐

此秋はなんて年よる雲に鳥

行秋や手を廣けたる栗のいが

秋深き隣は何をする人そ

泊船集 巻之五

   芭蕉庵拾遺稿

洛陽 風國撰次

冬之部

  しくれ

   島田塚本氏に詠草有

馬かたはしらし時雨の大井川

初しくれ猿も小簑をほしけ也

けふ斗人も年よれ初しくれ

   島田の宿にて

宿かして名を名のらするしくれ哉

   舊里の道すから

しくるゝや田のあらかふの黒む程

   不二

一尾根はしくるゝ雲か不二の雪

旅人と我名よはれん初霽

   手つから雨の侘笠をはりて

世にふるもさらに宗祇のしくれ哉

此句五文字を世の中と笈日記にはしるさける筆の誤なるべし虚栗の比也

   深川大橋半かゝりける比

初雪や掛かゝりたる橋の上

初雪や聖小憎の笈の色

初雪や幸ヒ菴に罷ある

   對友人

君火をたけよき物見せん雪丸け

兎も角もならてや雪の枯尾花

ひころにくき烏も雪のあした哉

   熱田御造宮

とき直す鏡も清し雪の花

いさゝらは雪見にころふ處まて

   信濃路を過るに

雪ちるや穂屋の薄の刈殘し

こからしに岩吹きとかる杉間かな

   三州菅沼亭

京にあきて此木からしや冬住ゐ

   ミノ耕雪別墅

こがらしに匂ひやつけし歸り花

   冬籠

冬こもりまたよりそはむ此はしら

   しはし隱れゐける人に申遣す

先祝へ梅をこゝろの冬ごもり

   千川亭

折々に伊吹を見てや冬籠

   光明寺にて

百年の氣色を庭の落葉かな

   御命講

御命講油のやうな酒五升

   大根引

鞍壺に小坊主のるや大根引

   寒菊

寒菊や粉糠のかゝる臼の端

   大津にて

三尺の山も嵐の木の葉かな

   口切 支梁亭

口切に境の庭そなつかしき

いかめしき音や雹の檜の木かさ

西行か超南の心をいへる山家集の題に習ふ

一露もこほさぬ菊の氷かな

   星崎

星崎の闇を見よとや啼千鳥

   星崎や闇を見よとてともきこえぬ

   さむさ

葱白くあらひたてたる寒さかな

   旅宿

こを焼て手拭炙る寒さかな

   越人と吉田驛にて

寒けれと二人旅ねそたのもしき

笈日記におもしろきとありぬ其後越人かたへ申遣はされし句

二人見し雪は今年もふりけるか

  霜

   人の庵をたつねて

されはこそあれたきまゝの霜の庵

此句笈日記には逢杜國といふ前書にてあひたきまゝのとありぬかきあやまりなるべし

葛の葉のおもて見せけりけさの霜

   鳳來寺

衣着ひとつ祈出して旅ねかな

翁つゝがなく霜月の初の日深川の舊草にかへりたまひて

都出てゝ神も旅ねの日數かな

   はちたゝき

長嘯の塚もめくるか鉢たゝき

   乙州か新宅にて

人に家を買はせて我は年忘れ

月花の愚に針たてん寒の入

馬ぼくぼく我を繪に見る枯野かな

この句夏野かなともある人申されし

貧山の釜霜に啼音寒し

毛衣に包みてぬくし鴨の足

面白し雪にやならん冬の雨

何をこの師走の市を行からす

魚とりの心はしらすとしのくれ

蛤の生るかひあれとしのくれ

ふるさとや臍の緒になく年の暮

   病中の吟

旅にやんて夢は枯野をかけ廻る

死前の事は枯尾花に見えたり

  雜句

あさよさを誰松しまそかたこゝろ

是は路通かもも月ふりに翁の句なりと書出しぬ

   杖つき坂

かちならは杖つき坂を落馬かな

泊船集 巻之六

洛陽 風國撰次

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