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畠山重忠当山に狩猟の折、鷲の巣籠れるを見、家臣本田親常に矢を射させたが、再三矢がはね返された。不思議に思い、その巣を見れば中に聖観音おわし、これこそ郷民の言い伝える、その昔行基の刻みたる観音像なりしと、親常に命じその本堂を建立せしめたという。 |

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三日月庵無三建立
高桑闌更 俗名長次郎諱は忠保。 1726年(享保丙午十一)加賀金沢の商家に生る。若くして俳道に志し、半化坊と号す。蕪村等と竝び称せらる。天明期蕉門の一人である。江戸に二夜庵を結び、広く関東甲信越を遊吟し、友俳門人各地に多し。晩年京都東山に住して蕉翁追慕の芭蕉堂・南無庵を建立し、諸著作を通し全国に普く蕉風を顕揚せり。1798年(寛政戊午十)5月3日、沒。行年73歳。 昭和56年5月 前橋市住吉町1丁目 闌更八代之孫高桑更平建立 小鹿野町教育委員会協賛 |


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耳に清く涼しき名香をたきしめて、清く涼しく、鮮かにすがすがしい時鳥の一声を聞こうとの意。
日本古典文学大系『芭蕉句集』 |
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「耳に名香をたいて心気を澄まし、清らかな耳になって時鳥の声に聞き入ろう」の意。 「聞かん」を掛詞にしたり、「耳に香焼いて」といったり奇をてらったところがあり、談林臭が濃く残っている句である。 出典よりみて、天和三年以前の作。『泊船集』・『蕉翁句集』にも所収。 「清く聞かん」は郭公の声を清く聞かんの意と、香をたいてそれを清くきかんの意とをかけている。香をかぐことを「香をきく」という。「清く」は和歌ではほととぎすの声の形容に用いられたことば。「耳に香焼いて」については、『句選年考』に「東山殿鴨川へ千鳥聞きに出で給ふ、同じく千本道貞と云ふ者も袖に蘭奢待をたきて出づる由、義政公聞き給ひ、袖香炉を御取かはし有りて、今の世に大千鳥小千鳥とて名物なり」とあるように、千鳥などを聞く場合に香をたいて心気を澄ます故実があった。なお右の文は『とくとくの句合』の判詞を引いたものである。 |
