高浜虚子の句

『五百五十句時代』

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   昭和十一年

梅を見て明日玄海の船にあり

風師山梅ありといふ登らばや

      二月二十一日。朝、門司著。萍子招宴、三宜樓

船涼し左右(そう)に迎ふる壱岐対馬

      六月十日 雑詠選了。対馬見え壱岐見え来る。大阪朝日九州支社よ
      り、帰朝最初の一句を送れとの電報あり。

   三千院

萩の花も金森宗和の庭にあれば

      九月十八日。大原行。

   昭和十三年

春闌(はるたけなわ)暑しといふは勿体なし

      五月一日 武蔵野探勝会。小石川後楽園、涵徳亭。

分け行けば躑躅の花粉袖そでにあり

      五月六日 家庭俳句会。駒込、六義園

   昭和十四年

   山寺に行く。二句

夏山の彼方の温泉に子規は浴(あ)みし

夏山のトンネル出れば立石寺

   陸中山寺

銀杏の根床几斜に茶屋涼し

      五月十九日。仙臺針久旅館。風生、老妻、立子、章子等と共に。小
      太郎、余十、綾園と山寺に行く。

   松島

バスが著き遊船が出る波止場かな

   松島

島々に名札立ちたる涼しさよ

      五月二十日。針久旅館。松島吟行。

夏山に家たゝまりて有馬かな

      七月二十三日。有馬温泉、兵衛旅館。

   昭和十五年

   風早西ノ下、舊居のあと

こゝに又住まばやと思ふ春の暮

      三月二十四日。風早西ノ下、舊居のあとにて。

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