加舎白雄
『春秋稿』(第四篇)
春秋稿四篇 大 |
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をちこちの桜に舫ふいかだ哉 | 白雄 |
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雁いそがしのくれ霞む声 | 岨曉 |
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几辺のさくら |
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ひとごゝろおなじ桜にふかくいる | 春鴻 |
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ちりちらぬ月の夜桜ひとへなる | 柴居 |
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薄ぐれやさくらわかるゝ人の声 | 古慊 |
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杉の香やうつゝさくらに箸をかむ | 呉水 |
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薄履や花の下露ふみきやす | 下総曾我野 | 眉尺 |
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朝ざくら酒腸にしみるかな | 戸倉 | 丈馬 |
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しらじらと桜をうつす夜川かな | 武村山 | 岨曉 |
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ちる花に下行駒は月毛哉 | 八王子 | 星布 |
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礒山やさくらちりゆく風のすぢ | 信上田 | 雲帯 |
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羚羊の岩ふむ花の木かげかな | 艸津 | 鷺白 |
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鈴鹿の山越せし唄 |
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関はむかし夜明のさくら静也 | 信戸倉 | 鳥奴 |
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かへるさや鞍壺にたそ桜ばな | 信上田 | 里彦 |
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礒やまのさくらちりこむ干魚哉 | 戸倉 | 可明 |
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岩がねに汐干に得たるかた鎧 | 上田 | 三机 |
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かへるさや鞍壷にたそ桜ばな | 信上田 | 里彦 |
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松かぜや汐干の寄藻酢味噌せん | 相州酒匂 | 大梁 |
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わせ歌や雛のゆふべの捲すだれ | 信戸倉 | 簾雨 |
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母をなげく我にな見せそふる雛 | 南総粟生 | 覇陵 |
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やま吹やかりにかけたる峡の橋 | 武飯能 | 轍之 |
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春の水はるゆきやらず流るめり | 奥州白石 | 麦羅 |
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まぎれよる翠簾屋が門の人すゞし | 古慊 |
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ほとゝぎす |
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まぶしさす常陰や出しほとゝぎす | 星布 |
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なつの艸 |
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夏艸のふみしだけども青き哉 | 江都 | 巨計 |
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白げしの咲こぼれたる馬艚かな | 武吹上 | 橋志 |
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牡丹白くひとむら雨のひかりかな | 信上田 | 井々 |
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月は月夜はみじか夜とわかれけり | 尾陽 | 暁台 |
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おりおりに虱供養す夏百日 | 中村 | 鳥瀾 |
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うき雲にかける植女の脊中哉 | 信上田 | 如毛 |
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日に倦てなつの花鳥おもはるゝ | 栗菴 | 似鳩 |
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伯先をとふとて伊那の郡にわけ入三句 |
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つゝ鳥や岐蘇のうら山きそに似て | 白雄 |
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うき雲や道に白樫かむこ鳥 | 呉水 |
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はこねに湯あみせし頃 |
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かんこどり啼やふたこの山とやま | 呉雪 |
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鷹のあと偸たつを見んかんこ鳥 | 信上田 | 麦二 |
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さみだれや簀がきの先の艸の蔓 | 武箕田 | 文郷 |
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草に倦て橋にたつたる夏野かな | 信上田 | 雨石 |
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月いく夜もあかきこの夏を |
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うち鼓雨をこふ声月かなし | 伊勢 | 斗墨 |
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我すめるあたりにふる川といへるあるを |
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ふる川に神輿をあらへ里わらは | 武吹上 | 東阿 |
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むさし野や艸七尺に秋のたつ | 白雄 |
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甲斐の国わたらひして |
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星のあした織姫見する家等哉 | 橋志 |
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葉ながらの竹、葉ながらの杉、是を |
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柱に是を垣に、なき霊きます此日と |
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きけば、ことし三月一日になんみま |
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かりけるこのかみをもむかふる心の |
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初喪にかはらず、たゞ無期にうちふ |
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しはべりて |
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霊まつやはしらさだめぬ宵の宿 | 白雄 |
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晩鐘や旅のゆふべをやなぎちる | 八王子 | 喚之 |
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歌仙行 |
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一葉ふた葉のちは桐ともいはぬ也 | 白雄 |
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井手かゝり来る霧の柴の戸 | 眉尺 |
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笊漉の酒ほのかなる薄月に | 柴居 |
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蒟蒻売の声ぞをかしき | 斜月 |
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番かはり釘にかけたる古烏帽子 | 重厚 |
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庇は凍にかたくづれして | 呉明 |
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世に交る我もたち木ぞ秋の風 | 一菊 |
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身の秋をあらしにためすちから哉 | 武妻沼 | 五渡 |
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いなづまの落こむ波のかへし哉 | 可明 |
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露ふるひて稲妻を追野馬かな | 相中中村 | 馬門 |
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鹿嶋の月見にまかりしころ、途中 |
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旅ごろも香取にぬるゝ月の露 | 春鴻 |
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新月にそばうつ艸のいほりかな | 京 | 几董 |
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月満て大事に雲を離れたり | 素輪 |
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名月にさくら見て泣聖かな | 馬門 |
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閑居 |
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出る日もうとしあみ戸は雲に霧 | 伯先 |
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たきつせにあらそひかねて霧晴ぬ | 越後出雲崎 | 以南 |
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秋もやゝちらぬ哀を菊のはな | 信軽井沢 | 何鳥 |
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門に入て紅葉かざゝぬ人ぞなき | 白雄 |
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たゞ一羽鳥飛かげや秋のくれ | 相中用田 | 楚雀 |
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也寥禅師の画に |
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松嶋をよく見て句なき翁かな | 白雄 |
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月花の老や今朝来ぬ初しぐれ | 南総粟生 | 覇陵 |
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夜の海こがらし遠くしづまりぬ | 南総屋形 | 瓜州 |
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行やかれ野蹄のあとに道をしる | 江都 |
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穴師吹夜やあら礒になきちどり | 喚之 |
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春秋稿四篇 塊 |
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うめはれて蓑に香をまく木陰哉 | 白雄 |
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雪解や藪の中なるわすれ水 | 重厚 |
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春の月黒酒つくる夜なるべし | おなじく |
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磬聞は春月寒きおもひあり | 南部 | 素郷 |
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宵の雨海苔うつ家にひといりぬ | 江都 | 成美 |
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春の日やむ井桁によりて魚を見む | 京 | 蝶夢 |
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はるの夜や啼きおとろへる猫の牙 | 古慊 |
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陽炎にもぬけの小貝もゆる哉 | 上毛植栗 | 夜光 |
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かげらふに陶つくる根小屋かな | 春鴻 |
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稚子の陽炎を追たもとかな | 鳥奴 |
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洲にかゝりて蕪花さく春の川 | 蛙声 |
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鎌都円覚寺にて |
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春しづかに飛蟻たつなる | 蛙声 |
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ひとゝせの古人をかぞふ |
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日にふれて鶯の音にちからあり | 也寥禅師 |
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秋日の閑をとふものは虎杖菴のある |
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じになん。日数とゞめて一派の判者 |
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たるべき事を。それ鋭も鈍も生質也。 |
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たゞとしごろ誹に堅固なるを此日 |
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蕉翁の像前にうつたふとて |
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ことごとに我もしらずよ秋の艸 | 白雄 |
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かぎりあらぬを霧の三日月 | 古慊 |
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狩くらす小鹿の角にしるしゝて | 春鴻 |
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はづす筧の道をながるゝ | 呉水 |
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やきものに薬のまはる天気なり | 柴居 |
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柊のはなを絵にうつしとり | 斜月 |
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秋日の閑をとふものは虎杖菴のある |
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老人のおしえ長途いよいよ重し。に |
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なひもて艸盧にかへり賀筵をひらく |
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秋風やおほあらましの栞艸 | 春鴻 |
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露璞と菴を賀しけり | 簾雨 |
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月の興合器皿洗ふ筧して | 鳥奴 |
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牛に並びし馬のはなづら | 滄烏 |
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むら雨やわか葉の逕薄ぐらき | 女 | 楚明 |
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すみだ川に舟遊びして、むかしもの |
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がたりのことの葉にすがる |
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船こぞり舞へどうたへど秋のくれ | 越高田 | 甘井 |
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鳩ほどにうぐひす見ゆる障子かな | いせ | 滄波 |
虎杖菴記 信中戸倉の駅に菴あり。虎杖とよぶはさせるよりどころあるにしあらねど、往てはかへる一千里、杖を握てかならず鉤爪のいきほひある事を。かついふ古慊坊がわかゝりし時なりけり、月の姨捨山に道しるべせしの幸、こと艸の名をとふにまかせしちぎり浅からずも、道に主一無適の心を起して北越行李のあとを慕ひ、洛の七条の僑居につかへて菜つみ水くみしつゝ、神風や伊勢の一葉菴に筆をとつては年をかさね、ともに故園を辞して四とせあまり、渠は我をちから、我は渠をちからに、帳つらぬ夏の夜、衾なき雪の夜も、ふたり旅子ぞたのもしきとうち吟じ、三嘆しては、なを三熊野や浦のはまゆふかたしきつゝ、須磨の藻しほ火いと寒かりしも、いまはむかし、せうそこの音信たえずしも、晨明山の桜さきぬ、千曲河のアユ(※「魚」+「條」)さびたりなど聞へけるもとしどしにて、ことし卯月のはじめやうやうと杖ひきならして、たゞに昔をぞかたる。あるじやゝ老たり、我白髪鏡にてらさば三千丈の愁、魂きゆるなるべし。ひと日籬外に杖を一双してユウ(※「火」+「習」)燿を詠じ、酒くみものす。一艸を得る虎杖菴とよぶのはじめなる事を、東都春秋菴のあるじ白雄いふ |