俳 書

『奥の枝折』(柳條編)  ・ 



享和3年(1803年)3月、露柱庵冨水序。享和4年(1804年)、刊。

   元録二の秋

      一泉亭ニて遊吟

残暑しはし手毎に料れ瓜茄子(なすび)
   芭蕉

 ミしかさまして秋の日の影
   一泉



白髪ぬく枕の下やきりきりす
   はせを

 入日をすくに西窓の月
   之道

あま垣の鰯かそゆる秋の来て
   珍碩



   元禄三むまのはつ冬

      園風亭におゐて興行

ひらひらと揚る扇や雲の峰
   翁

 青葉分つゝ夕立の朝
   安世



蠅ならふはや初秋の日南哉
   去来

 葛もうら吹帷子の皺
   翁

小灯をさハらぬ萩に懸捨て
   路通

 約して来たる魚の腸
   丈艸

一通りミそれに曇る朝月夜
   惟然

 たゝそろそろと背中うたする
   来



月見する座に美き顔もなし   翁

 庭の柿の葉簑虫のなれ
   尚白



やすやすと出ていうや月の雲
   翁

 船をならへて置ハたす露
   成秀

ひらめきて吹も揃ハぬ萩の葉に
   路通

 鍋こそけたる音のセわしさ
   丈艸

とろとろと眠れは直る駕の酔
   惟然

 城とりまハす夕立の影
   狢睡



漏らぬほとけふハ時雨よ草の屋ね
   斜嶺

火をうつ音に冬のうくひす
   如行

一年の仕事ハ麦におさまりて
   芭蕉

 垣ゆふ舟をさし廻すなり
   荊口

うち連て弓射に出る有明に
   文鳥

 山から籠を提(さげ)る小坊主
   此筋



其匂ひ桃より白し水仙花
   翁

 土屋藁屋のならふうす雪
   白雪

朝から嘴太ならす鳥の来て
   桃隣

 早う野分の吹てとるなり
   芦雁

洗濯のいとまを貰ふ宵の月
   支考

 野郎にわたすきりきりす駕籠
   以之

   祖翁奥羽の紀行に洩たる句々予
   見聞たる端短の句あるをひのまゝ
   爰に挙侍る也世に知れる句諸書に
   見へ侍とも適こゝにしるせ共是等ハ
   その紀行名所の導なれは順路に
   したかふて挙るのミ也

朝よさを誰松島に片こゝろ

   松しまの月心にかゝりてすめる方ハ
   人にゆすりて杉風が別埜に移るに

草の戸も住かはらせそ雛の家

春雨や蓬を伸す草の庵

   ことし元禄二とせすゑの七日ハ
   霄よりつとひて舟に乗て
   送らるゝ千住にて船をあかり
   て首途三千里のおもひ胸に
   ふさりて幻のちまたに離別
   の泪をそゝく

行春や鳥啼魚の目はなミた

   野ьコの八嶋にて

いとゆふに結ひつきたる煙かな

   田家に春の暮をおもふ

入相のかねも聞へす春の暮

   うらミの瀧

ほとゝきすうらミの瀧のうら表

   那須野ゝ篠原一見せんとなを
   殺生石も見むといそきけねに
   俄に雨降出しぬれハ此所止り

落来るや高久の宿の郭公

   那須野温泉明神相殿に
   八幡宮を移し奉りて両神
   一方に拝れ給ふ

湯を結ふ誓もおなし岩清水

むすふよりはや歯にひゝく泉哉

   殺生石

石の香や夏艸赤く露暑し

   心もとなき日数かさなまゝに白川の
   関にかゝりて旅心定りなを
   白川に出て

關守の宿を水鶏に問ふもの

早苗にも我色黒き日数かな

西か東歟先早苗にも風の音

   松島わたる
   枩のみとりこまやかに枝葉汐風に
   吹たはめて屈曲おのつからため
   たるかことし其景色ヨウ然と(※「ヨウは穴冠に「目」)
   して美人の顔を粧ふちはやふる
   神のむかし大山すミのなせるわさ
   にや造化の天工いつれの人か筆を
   ふるひ詞を尽さむ

島々や千々に碎けて夏の海

松島や水を衣裝の夏と月

   我松嶋の枩といひめるを笘屋
   かしける案内の海士にならふて
   松の句をもふく

松の花笘屋見に来る序かな

   秋鵜亭の住景に對す

山も海もうこき入るや夏座鋪

   出羽の国にいたり悼遠流
   天宥法印

その魂を羽黒へかえせ法の月

   新庄風流亭にいたり

水の奥氷室たつぬる柳かな

風の香も南にちかし最上川

涼しさや海へ入たる最上川

五月雨やあつめて涼し最上川

暑き日を海へ入たり最上川

珎らしや山越す出羽の初茄子

あつミ山や吹浦かけて夕涼ミ

杜宇鳴音や古き硯箱

   象潟の景色に臨に象潟ハ恨るか
   ことしさひしさに悲しひをくわへて
   地勢魂をなやますに似たり
   雨や西施か合歓の花といふ句ハ
   こゝにはふき

汐越や霍脛ぬれて海涼し

夕晴や桜にすゝむ浪の華

小鯛さす柳涼しや海士か軒

   越後の国出雲崎といふ所より新潟に渡る

海に降る雨や恋しきうきみ宿

薬園のいつれの花を艸まくら

詠るや江戸にハ稀な山の月

   加賀の国に入金沢或草庵にいさなハれて

早稲の香や分入右ハ有磯海

秋涼し手毎にむけや瓜茄子

熊坂か由縁やいつの魂祭

くりからや三度起ても落し水

   桃妖の名をつけて

桃の木の其葉ちらすな秋の風

   曽良は腹を病て伊勢の長嶋
   といふ所に由縁あれハ先達て行に

行々てたふれ伏とも萩の原

   と書おきたり行もの悲し残るものゝ
   恨双鳧(そうふ)の別れて雲にまよふか
   ことし予もまた

けふよりハ書付消さん笠の露

   丸岡天龍寺にいたりて

門に入ハ蘇鉄に菊の匂ひかな

   金沢の北枝に別るゝ

もの書て扇引さく名残かな

   あさむつの橋を渡り玉江の芦ハ
   穂に出ける鶯の関を過て湯の尾
   峠を越れは燧か城帰る山に
   はつ厂の聲を聞て十四日の夕くれ
   敦賀の湊に宿を求め

あさむつや月見の旅の明はなれ

月見せよ玉江の芦を刈らぬさき

   湯の尾

月に名を包ミかねてや疱瘡の神

   燧か城

義仲の寐覚の山歟月悲し

   十五日ハ雨降けれは此所に止宿して

名月や北国日和さためなき

月のミ歟雨に相撲もなかりけり

   鐘か崎にて

月いつこ鐘ハ沈める海の音

あの雲ハ稻妻を待たより哉

   十六日ハ空霽けれはますをの小貝
   ひろはんと種の濱にあそふ

さひしさや須广に勝たる濱の秋

浪の間や小貝にましる萩の塵

   其日あらまし等栽に筆をとら
   せて寺に残す路通も此濱迄
   出むこふて美濃の国へと伴ふ駒に
   たすけられて大垣の荘に入て
   如行か別埜に着

籠居て木の実草の実ひろハはや

   木因亭

隠家や月と菊とに田三反

   關の素生のぬしに大垣の旅店を
   訪ハれけるかの藤しろミさかといひ
   けん花ハ宗祇のむかしに匂ひて

藤の実ハ俳諧にせん花の跡

   如行

痩なからわりなき菊の莟(つぼみ)かな

   如行か席上の響應を制して

白露の寂しき味をわするゝな

   斜嶺亭戸をひらけハ西に山
   あり伊吹山といふ花にもよらす
   雪つもよらす唯是孤山の懐あり

其まゝに月もたのまし伊吹山

   駒にたすけられて大垣の荘に入ハ
   曽良も伊勢より来り合越人も
   馬をとはせて如行か家に入リ集る
   前川子荊口父子其外したしき人々
   日夜とふらひて蘇生のものにあふ
   かことく且悦ひ且いたわる旅のもの
   うさもいまたやまさるに長月六日に
   なれハ伊勢の遷宮おかまんと又
   舟に乗りて

蛤のふたみにわかれ行秋そ

 祖翁此道にいつの頃よりなつミ
 給ふといふことをしらすたゝ
 天和貞享のころより元禄迄の
 其時々の風調を捜し四季のほ
 句をところところ拾ひ挙るのミ

   夏 の 部

清く聞ん耳に香焼て郭公

   秋 の 部

見渡せハ詠れは見れハ須广の秋

   春 の 部

春立や新年瓢瓜米五升

梅白しきのふや霍を盗れし

藻にすたく白魚も手にとらハ消ぬへし

暮遅き四つ谷過けり紙艸履

世にさかる花にも念佛申けり

   夏 の 部

松風の落葉歟水の音涼し

馬ほくほく我を絵に見る夏野哉

紫陽花や帷子ときの薄浅黄

   秋 の 部

馬に寐て残夢月寒し茶の烟

蔦の葉の(は)むかしめきたる紅葉哉

苅跡や早稲かたかたの鴫の聲

   冬 の 部

冬杜(牡)丹千鳥よ雪のほとゝきす

この海に草履(鞋)を拾(捨)ん笠時雨

一匹のはね馬もなし川千鳥

ひと時雨礫やふりて小石川

   五文字長句世にはやりけれは

冬の日の身ハ竹斎に似たるかな

   春 の 部

叡慮にて賑ふ民や庭竈

正月も美濃とあふミや閏月

春立てまた九日の野山かな

もろもろの心柳にまかすへし

華の陰硯にかはる丸瓦

の巣も見らるゝ花の葉越哉

原中やものにもつかす鳴雲雀

   夏 の 部

雨折々思ふ事なき早苗かな

またたくひ長良の川の鮎鱠

さゝれ蟹足這登る清水かな

   秋 の 部

露晴のわたくし雨や雲ちきれ

玉川の水におほれそ女郎花

寺に寐てまこと顔なる月見かな

さひしさや釘に掛たるきりきりす

   冬 の 部

   江戸を出るとて
         餞別の會
   はやこなたへといふ露の
   むくらの宿はうれたく
   とも袖をかたしきて
   おとまりあれやたび

たひ人と我名よはれん初時雨

      歳 暮

   代々の賢き人々の古郷ハわすれかたき
   もの也おもへ侍るよし我も今は
   はしめの老も四とせ過て何事につけても
   むかしなつかしきまゝにはらからのよはひ
   かたむきて侍るも見捨かたくて初冬の
   空のうち時雨るゝ頃より雪を重ね
   霜を経て師走のすへ伊陽の山中に
   至る猶父母のいまそかりせハ慈愛
   のむかしも悲しくおもふことのミあまた
   ありて

故郷や臍の緒に泣としの暮

   句の姿ハ青柳の雨にたれたるか如にして
   折々微風にあやをなすもあしからす
   附意は薄月夜に梅の薫へる心地こそ
   めてたからめと先師の文にも聞へける
   今やふの句を見るに枳穀に瘤あるが
   如し附合ハ並松の一木ツゝ立たるにひと
   しうして何の味もなきこそゝよけれ
   能々工夫執行専にして今師の教へ
   肝要たるへし

北枝

御 連 中

   春 の 部

四海なミ魚のきゝ耳明の春
   嵐雪

しつや賎御階にけふの麦厚し
   荷兮

元朝や何となけれと遅さくら
   路通

曙の人顔杜丹露にひらきけり
   杜国

池に鵝なし假名書習ふ柳かけ
   素堂

秀正か時代を啼か金衣鳥
   巴丈

踏分る雪か動けははや若葉
   惟然

ものをいふ友も白髪の若葉かな
   風国

手をはなつ中に落けり朧月
   去来

花にうすもれて夢より直に死ん哉
   越人

散り籠る華や槃若の紙の色
   去来

鉄炮の矢さきにちるや山さくら
   卯七

蜂の髭に匂ひうつらん花の蘂
   落梧

一夜さハ盗人となり花に僧
   巳百

關越へて爰も藤しろミさかかな
   宗祇

行春や星も嵐も春の持
   丈艸

   夏 の 部

腸は野に捨たれと袷かな
   嵐雪

卯の花に祈り過たる曇哉
   支考

すひつさへ凄きに夏の炭俵
   其角

五月雨の尻をくゝるや稲光
   去来

月代に夢見て飛歟蝉の聲
   正秀

蝉啼や川に横たふ木のかけり
   團友

銀川瀬越に凉し夏の月
   素覧

   秋 の 部

七夕よものかすこともなきむかし
   越人

わか文はいつ松茸の包焼
   杏雨

秋風やしら木の弓に弦はらん
   去来

身ひとつをもてあましたる西瓜哉
   嵐雪

銭百のちかひか出来た奈良の菊
   惟然

寐て見るや他所の腹にて初月夜
   乙由

具足着て顔のミ多き月見舟
   野水

白壁の間にはさかる月夜かな
   如舟

   冬 の 部

木からしもしはし息つく小春哉
   野水

鹿のかけとかつて寒き月夜哉
   洒堂

木からしや跡にひかゆる冨士の山
   許六

たゝ廣き宇治の茶の木や冬籠
   木因

   年の暮

掛乞に我庭みせむ梅の花
   團友

『奥の枝折』(柳條編)に戻る

俳 書に戻る