芭蕉の句碑


『広茗荷集』(市野野桂編)

文政9年(1826)刊、市野野桂編。自序。文鵝跋。

 野桂が『茗荷』(宇橋編、文政5年刊)に所収の江戸および近郊にある芭蕉塚(句碑ほか)、庵、堂などを訪ね、その碑文や佇まいなどを筆録したもの。

本郷元町 嶺松山昌清寺 本堂の前に在

花見塚



桜狩きとくや日々に五里六里

寛政八丙辰年如月一二(三)日 旬樹五陵書

碑陰

 往かふは皆我友そ桜狩

 雪と降雪とそひえつ山さくら   菊翁安彦



上野不忍生池院 境内に在

芭蕉翁墳



碑面の外ニ文字無之

寛政年中東都獅子門白寿坊信我建ト云



武州千住宿 牛頭天王 境内

行春塚



 千寿といふ所にて船をあかれは、前途三千里のおもひ胸にふさかりて幻のちまたに離別の泪をそゝく

行春や鳥啼魚の目はなみた

   はせを翁

碑陰に

 文政三庚申十月十二日 十日庵一雨 燕市

 佐可和幸次郎書



巣鴨通医王山真性寺 境内萩の茂の中に在

萩墳



   題 杉風萩

しら露もこぼれぬ萩のうねり哉
   芭蕉翁

   此あはれにひかれて

萩植てひとり見習ふ山路かな
   杉風

 寛政癸丑歳仲夏 彩荼庵梅人社中



戸田渡し向 羽黒山光明寺 境内に在

三日月塚



涼しさやほの三日月の羽黒山

 板駅連中建之

碑陰

先師遺言にしてことし文政七甲申夏

卯月已に此碑を建既に師の銘を録

 秋ちかき空定リぬ天の川 四大家四世 鵲庵歩牛

   蓑谷既盈歳八十二書○□



小日向茗荷谷 正玄山明照寺 境内

芭蕉塚

雑司谷大野山本浄寺 境内に在

名月塚

名月や爰はあさ日のよい所
   杉風

名月に麓の霧や田の曇
   翁

名月や百日紅を照かへし
   宗瑞

碑陰 明和九年秋白兎園宗瑞 三代報恩の爲に建之




雑司谷 星跡清水 別当大行院持

 田の中に一ツの茂松あり此ところは鬼子母神出現の所新滝川トモ云三角の井戸有

[涼月]塚



此道に出て凉しさよ松の月

碑陰

 文政中果山(文化中杲山)宗周建之



関口一丁目法華宗泉光寺蓮華寺 奥庭の内

雪塚

 いささらは雪見にころふ処まて

碑陰

 寛政五癸丑年十月十二日
 現住上人白眼台雪才建之



[関口]竜隱菴 園中

五月雨墳



碑陰

 祖翁瀬田のはしの詠吟を以て是を建る仍さみたれ塚と称す

   寛延三年八月十二日

     夕可庵門生

       園 露什

       酒 芬路(露)

 此地は関口上水開発の頃藤堂家へ修理を命ぜられし其時翁俗姓松尾氏と申せし比此事を司とりて此地に日々来りて憩玉ひし旧地なりと申伝ふ



四谷内藤宿北裏通 稲荷山三光院 □□庭中

蓬莱墳



翁尾州名古屋に春をむかへ其ころ当社院主ことにしたしかりけれは文通に此発句を書そへおくられしよしをつたへ聞て今こゝにしるしとゝむ

蓬莱にきかはや伊勢の初たより

碑陰

 花園神社境内庭一式 寄進

安永七戊戌年仲秋

 一啜庵眉月



青山原宿竜巖寺 境内

[梅月]墳



春もやゝけしき調ふ月と梅

寛政五癸丑年正月建之 兌堂冬英 旬樹五陵

此寺を俗に松の寺と云



同原宿黄檗宗海蔵寺 境内

[一]葉墳



夏來ても只ひとつ葉の一葉哉

碑裏ニ

 古満氏之墓 文化十四年五月淇園建ト云



同宮益町御嶽山中

富士墳



眼にかゝる時や殊更さ月不二

碑陰

 文化八年五月 栗菴宇橋社中 建之



麻布広尾多聞山天現寺 境内

花守墳



伊賀の国八重垣の庄はそのかみ奈良の八重さくらの料に付せられけるといひ伝へ侍れば

一里はみな花守の子孫かや

こゝに故ありて奈良の八重桜の実生をうつし植けれは

 其薫り四方に満るや八重さくら

   文化八辛未初冬 古調庵萬嶽社中



深川六間堀東光山要津寺中

俤墳



碑陰

 宝暦十三年癸未十月十二日 雪中庵門人建

みかの月 弓矢のともに すてし身を 草の庵に ふししはの むすひし夢に はゝきゝのありとは見えす あさかほの しほめる花の まほろしを とくうつしゑの ふてとけし その翁さへ なくそちの(本ノマゝ) おもかけ塚を したはさらめや

雪中庵蓼太

碑石左 翁百回忌発句塚 雪中庵建之 雪中庵嵐雪居士 雪中庵吏登居士

安永五丙申年六月建之



同所要津寺門前 はせを庵 当時庵主 迪斎

 翁七十回の時雪中庵蓼太建之
 園中草堂あり肖像安置す庵裡
 翁自画文台一脚
 翁ト杜国両筆の紀行一帖
 嵐蘭追悼の真蹟
 等蔵之猶俤塚集委し

芭蕉堂





蛙塚



ふる池や蛙飛こむ水の音

碑陰

      雪
 雪は古池に和して水音をつたへ月の一灯花の清

 香もをのつからなる此翁の徳光をあふくのみ

白妙の雪より出たり後夜の月
   夜雪庵普成

夕汐やのほれは月のみやこ鳥
   雪杉庵亀成

うつろひしうつろひしとて散花か
   玉雪庵子交

   安永二癸巳四月十二日

 深川親和七十三歳書



深川森下町蟠竜山長慶寺中 椎の木の中の茂の内在入口に枝折戸 傍に制札あり其文に曰

   条々

 一花もみち折とるへからさる事

 一木履はくへんらさる事

 一折戸外へ開くへからさる事

     月日

時雨墳



碑陰

 元禄七甲戌年 十月十二日



本所猿江

同会墳又曰五本松塚



天台 泉養寺 境内在 ウラニ 延享元甲子年



本所小葱沢勝智院 境内

女木塚



秋に添ふて行はや末は小松川

碑陰

 其日庵野逸社中建立



本所砂村 元八幡 境内

渡鳥塚



めにかゝる雲やしはしの渡鳥/A>

小柴憚(暉)雄書

碑陰

 文化二乙丑年初秋建之



本所上水端 慈雲山龍眼寺 庭中萩の茂の内

此寺を世俗萩寺と云

萩墳



濡て行人もをかしや雨の萩



本所寺島村白髭社辺 花屋舗

文化十一年甲酉(ママ)二月三日金令舎美知彦門人乎焉建

蒟蒻墳





牛島宝寿山長命寺 門前

雪見墳



いさゝらは雪見にころふ所まて

 此おくに芭蕉堂あり

碑裏

 宝暦二二甲戌孟冬

 宝寿山長命蘭若門前建焉

 自在庵祇徳門人瓢笠坊祇庸

而シテ自在庵中ニ移ス



同寺境内芭蕉堂

此堂年久しく破壊して林中浅黄桜の下に残ありしを文政三年俳道人能阿なる者再建して境内裏門の内に存せり



深川海辺大工町黄檗瑞甕山臨川寺 境内

 此寺仏頂禅師の開基則故翁発心の地也

洛東双林寺仮名の碑の写并鑑塔写

寛政 年白山下門人建之毎年三月十二日墨直しの式あり

墨直塚
東武仮名碑





高田新田 富士見坂

富士見塚



目にかゝる時や殊更五月富士



本所亀戸天神 境内池ノ辺

冥加墳



しはらくは花の上なる月夜哉
   芭蕉翁

錦帳の鶉世を学の戸やほとゝきす
   嵐雪

明月やそゝろに走る秋の雲
   吏登

かり初に降出す雪の夕かな
   蓼太

島完来敬書



増上寺山内子権現ニ有
[  ]山中清林院[  ]社ノ辺



古池や蛙とひこむ水の音
   祖翁の高吟也

あれほとの雲を起すや雨蛙
   古調庵万嶽


   八十五歳

碑陰

 文化十年初夏 松蚤堂門光

此句師固辞すといへと既に直筆を乞ふて[不朽の]石面に彫刻しける



[鮫]洲 天林山泊船寺 境内在 当時庵主白牛

[芭]蕉堂

いにしへ此寺内に蕉堂在しか中絶せしを文化十四年石河某公の隠士再建ありしと云々

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