| 「亀戸天神船橋屋」は文化2年(1805年)の創業。創業以来200年を越える老舗である。 |
| 亀戸天神社(HP)は天満大神(菅原道眞公)を祀る。寛文2年(1662年)道眞公の末裔、菅原大鳥居信祐公が九州の太宰府天満宮より勧請、境内の結構をすべて太宰府の社にならって造営した。 |
| 道眞公が太宰府京の邸宅の紅梅殿の梅に「東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」と歌を詠まれると、後にその梅が 配所太宰府の菅公のもとに飛んできました。 |
| 天神様(菅原道眞公)は承和12年(845年)6月25日御生誕になりましたが、この年が乙丑年に当り、延喜3年(903年)2月25日太宰府の配所で亡くなられた時、道眞公自らの御遺言により御遺体を牛車に乗せて牛に引かせ、牛が止まった所を御墓所と定めて、その所に神廟(太宰府天満宮)が建立されたのも乙丑年のことでした。 |
| 元禄十四年二月廿五日、聖廟八百齢御年忌。於二亀戸御社一、詩哥連誹令二興行一座一。 |
|
梅松やあがむる数も八百所 |
| ところで、亀戸天神社には芭蕉の句碑があるはずだと思って探したが、多種多様の碑があって、なかなか見付からない。何度か尋ねて、やっと探し当てた。 |
|
亨和2年(1802年)2月25日、菅原道眞公の御神忌900年に芭蕉門下の人々が芭蕉百十年忌にあわせて建立する。四世雪中庵完來筆。 芭蕉の句の他に、雪中庵祖嵐雪、二世雪中庵吏登、三世雪中庵蓼太の句が刻まれているそうだが、全く読めない。 |
| しはらくは花の上なる月夜哉 | 芭蕉翁 |
||||||||||||||||||||
| 錦帳の鷄世を学の戸やほとゝきす | 嵐雪 |
||||||||||||||||||||
| 明月やそゝろに走る秋の雲 | 吏登 |
||||||||||||||||||||
| かり初に降出す雪の夕かな | 蓼太 |
||||||||||||||||||||
| 島完来敬書 |
| 句碑の背面に雪中庵完來、夜雪庵普成、葎雪庵午心の句が刻まれている。 |
| 松の月月の松影よもすから | 四世雪中庵完来 |
しら雪やをのつからなるひと夜松 | 夜雪庵普成 |
白妙や花のあらしも松風も | 葎雪庵午心 |
享和二年壬戌春二月廿五日建之 | 阿波空山白酔俳書 |
『広茗荷集』に「冥加墳 本所亀戸天神 境内池ノ辺ニ在」とある。 明和元年(1764年)、鳥酔は兀雨と亀戸天神社に遊ぶ。
|