芭蕉の句碑東 京


桜狩きとくや日々に五里六里

白山通り壱岐坂下から壱岐坂を上り、右に路地を入る。


桜蔭学園の隣に昌清寺というお寺がある。


浄土宗の寺である。

昌清寺の躑躅に埋もれるように花見塚があった。


桜狩きとくや日々に五里六里

『笈の小文』の句である。

   桜

櫻狩りきどくや日々に五里六里

日は花に暮てさびしやあすならふ

扇にて酒くむかげやちる櫻


花見塚の脇に説明が書いてあったが、半ば消えかかっていた。

花見塚芭蕉句碑

 江戸時代の『茗荷集』(文政5年刊1808年)や『茗荷図会』(文政9年刊)等に「本郷花見塚昌清寺にあり 寛政8年(1796年)如月12日 安彦これを建つ」とあって、松尾芭蕉が貞享5年(1688年)に詠んだ“桜狩きとくや日々に五里六里”の句が刻まれている。

 往時の句碑は現存しないが、現在の句碑は昭和59年に『茗荷図会』の花見塚模写図にならって、復原再建されたものである。

『諸国翁墳記』に「櫻 塚 江戸本江元町昌清寺 安彦建」とある。

本郷元町 嶺松山昌清寺 本堂の前に在

   花見塚

桜狩きとくや日々に五里六里

寛政八丙辰年如月一二(三)日 旬樹五陵書

碑陰

 往かふは皆我友そ桜狩

 雪と降雪とそひえつ山さくら   菊翁安彦


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