旅のあれこれ


山縣有朋ゆかりの地

 天保9年(1838年)閏4月22日、萩城下近郊の阿武郡川島村(現:山口県萩市川島)に生まれる。

 文久3年(1863年)6月、高杉晋作は白石正一郎宅で奇兵隊を結成。

 文久3年(1863年)12月23日、奇兵隊軍監に就任。

 安政5年(1858年)、久坂玄瑞の紹介で松下村塾に入塾。

 安政6年(1859年)10月27日、吉田松陰は安政の大獄に連座して江戸伝馬町の獄刑場で没。

 慶応3年(1867年)4月、高杉晋作(東行)の遺言により遺骸を無隣庵に葬る。

 明治2年(1869年)、無隣庵を梅処に贈り、欧州に旅立た。

 明治17年(1933年)、伊藤博文・山縣有朋・井上馨等全国諸名士の寄付により東行庵建立。

 大正11年(1922年)2月1日、薨去。享年85。

 大正4年(1915年)4月、鋳銭司村有志「故兵部大輔大村永敏卿生誕地」石碑建立。山縣有朋書。

 昭和8年(1933年)、山県有朋の遺徳を称える銅像が東行庵境内に建てられた。太平洋戦争の金属供出で影を消す。

 平成27年(2015年)、青年志士山県狂介の凛々しい姿として復元。

道の駅「萩往還」

(山口県萩市)

松下村塾

(山口県萩市)

「吉田松陰先生誕生之地」石碑

(山口県萩市)

「故兵部大輔大村永敏卿生誕地」碑

大村益次郎生誕宅跡(山口県山口市)

松田屋ホテル

(山口県山口市)

山県狂介(有朋)像

東行庵(山口県下関市)

東行庵

(山口県下関市)

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