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昭和10年(1930年)6月6日、北原白秋は裏參道より駕籠で琴平参拝。 |
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久保井夫人も交へて、昨夜より殘りの一同裏參道より駕籠にて琴平參拜、御書院にて茶菓の饗応を受ける。
『薄明消息』(南方旅行の話) |

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昭和11年(1936年)4月10日、吉井勇は金刀比羅宮に参詣。多度津、丸亀、高松などに遊んだ。琴平では「花壇」に泊まる。 |
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昭和十一年四月十日、朝八時頃渓鬼荘発。猪野々口より土佐山田まで省営バス、それより汽車にて午後一時頃琴平着。山西岩男君に迎へられて金刀比羅宮に参詣す。石段の高きことには閉口したれども、本殿にて森寛斎の絵を見たるは、思ひがけざる眼福なりき。 |

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『奥の枝折』(柳條編)、『芭蕉翁句解参考』(月院社何丸)にも収録されているが、存疑の句である。 |
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碑陰に「東京三幾雄、松山鴬居、伯州梧雄」他、県下の俳人の句が刻まれているそうだ。 |
| 天の川くるりくるりと流れけり |
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| あたまからかふる利益や寒の水 |
| のしめ着たみやまの色やはつ霞 |
| 折もよし衣更して象頭山 |
