2019年高 知

吉井勇記念館〜吉井勇の歌碑〜
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 国道195号(土佐中街道)から県道220号上尾峠久万線に入り、物部川を渡って県道217号久保大宮線へ。

吉井勇記念館がある。


吉井勇の歌碑があった。


寂しけれは御在所山の山櫻
咲く日もいとゝ待たれぬるかな

『天彦』(韮生の山峽)に収録の歌。

 「昭和九年十一月、土佐の國韮生の山峽猪野野の里に、ひとつの庵廬を作りて溪鬼莊と名づけぬ。阿蘭若ならぬこの庵に、何を思ふとてか籠りゐにけむ。」とある。

昭和32年(1957年)5月、在所村・在所観光協会が猪野沢温泉に建立。

   翌廿八日は御前十時より物部川を望む斷岸の
   上に、新たに建てられたる予が歌碑の除幕式
   あり、往年さすらひの身をこの地に寄せたる
   時、今日このことあるを誰か豫期せむ

おのずから眼裏(まなうら)熱しわが歌の文字を刻めるこの石みれば

山鶯の鳴くこゑもまた録音すこの日何よりうれしきはこれ

斷岸のうへに建ちたるわが歌碑に風吹くなゆめ雨降るなゆめ

片隅にいまや世に亡き庵つくり大工久さんの妻も泣きゐる

「『形影抄』以後」

入館料は420円。65歳以上は210円。

記念館は撮影禁止。

吉井勇記念館に隣接して、「渓鬼荘」があった。


昭和45年(1970年)9月、山口誓子は高知を訪れ「渓鬼荘」を見ている。

   土 佐

氷挽く鋸土佐の大魚の牙

透明の氷塊四つ部屋に伐る

月と吾が飛行機他に何も無し

『不動』

 平成26年(2014年)11月21日、「渓鬼荘」は国の登録有形文化財になった。

登録有形文化財 草庵・渓鬼荘について

伊野部恒吉氏の家の裏手にあった隠居所<4畳半と3畳>をもらい受け、猪野々に運ぶ。昭和9年(1934年)11月に竣工、その年の12月に完成。昭和12年(1937年)高知市へ転居するまで、ここを住まいの本拠地とした。

入るとすぐ6畳の「炉酒の間」、奥に4畳半の書斎兼寝室「紫山の間」。
移築前の敷地は154平方メートル、建坪は54平方メートル。
建築は猪野々大工猪野久吉氏。
平成18年(2006年)3月に猪野沢温泉から記念館横に移築。
勇の愛した炉、自在鍵、茶釜を展示。
勇は歌碑除幕式(昭和32年(1957年)5月)の時、亡き大工久吉を偲び
○片隅にいまや世に亡き庵つくり大工久さんの妻も泣きゐる
と詠んでいる。

書斎兼寝室「紫山の間」


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