天明7年(1787年)8月、『宰府日記』(沂風編)祥然序。
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宰府日記 乾
粟津の寺にある雨夜のもの語に「ふるごとのこるつくしがたかな」ときこへし古歌いひ出けるに、その古き跡の見たくこそあれと沂風法師のいふに、われもともに行んと、去年の秋のころかりそめにいでゝより、海には楫まくら山には草まくらを結びて、やゝ一とせばかりありきければ、天竺のほとけを拝むに等しき羅漢寺、もろこしの人にものいふ長崎津など、めづらしきかぎりは書尽すべくもあらず。それが中に、西のみやこと聞へける太宰府の 聖廟は、かけまくも風月の御神におはせば、あまたゝび歩を運び奉りて、そのあたりの春秋の神事どもしたしくおがみぬるに、むかしおぼへていともすせうなれば、そのあらまし書つらねて、また知らぬ火のしらぬ人に見せまいらするついで、日ごろ交たるその国人の月花の口ずさみ、または帰りのぼりてきこゆる友どちの雪・ほとゝぎすの言葉をもひとつにしるして、宰府にきといふべしやと法師がいふにまかせて、
天明未のとし八月既望
義仲寺にて祥然はし書す
月の秋の八月十五日は名にしおへる箱崎の御社の放生会なり。およそ筑紫には五処八幡宮と申奉るあり。中にもわきてこの宮所は、御神の降誕し給ひけるとき御胞衣を箱にひめてこの浜辺に収奉りしより箱崎の名ありて垂跡のはじめなればや、こと所にすぐれて遠き国よりもあがめ奉る事なるに、ましてこの日は国の中ゆすりて詣ぬ。ことに福岡・博多のちかきあたりは貴賤をいはず家々の幕引わたし、糸ひき舞うたふ声は梢の調にかよひて、十里の松原もなほせまくぞ見ゆ。暮かゝる比ほひよりは、木の間より花火をはなちあぐるに、夜の紅葉の色はへてめざまし。さし上る月影にもろこしまでも一目にながめわたされ、海の面には黄金の波きらめき、浜のみぎりは白がねの真砂をかゝやかす。
月の旅けふぞ詠をつくしがた
| 沂風
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名月やあら津を見こす浪がしら
| 祥然
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この浜に太閤殿下に茶を奉りける利休居士
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が釜かけ松の一木あり
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月こよひたそや茶をたく松の陰
| 蝶酔
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夜かよふ蝶あはれなり魂まつり
| 蓼太
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色つやはさのみに老ず秋茄子
| 蝶夢
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秋風にひとり耳とき芭蕉かな
| 完来
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しづしづと野分しづまる朝より
| 六合
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細き灯に片がほうつる砧かな
| 嵐外
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病中
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きりきりす煩ふ我をあなどるか
| 白輅
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恋々て背の骨高し雨簾
| 闌更
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都府楼にて神詠を思ひよせ奉りて
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稲むらやわづかに古き秋をみる
| 沂風
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夕闇をしづまりかへるすゝき哉
| 暁台
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このごろの銀河やおちてそばの花
| 青蘿
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年ごろ漸写せし法華経を国分山の蕉翁の経 |
塚のかたはらに収るとて
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此秋に熟せし八ッのみのり哉
| 扇伴
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経石を書音すなり秋のくれ
| 菊男
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八月廿四日聖廟神祀法楽
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虫の声しきりにすめり神うつし
| 祥然
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月仰ぎまつ飛梅のかげ
| 梅珠
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歌ぶくろ秋の名残やこめぬらん
| 沂風
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都の人の風俗ぞかしこき
| 蝶酔
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牧立の駒乗なをす日すがらに
| 尺艾
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丸雪はらはらころぶ芝橋
| 其朝
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門火たく嫁入の跡やふゆの月
| 素柳
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ひとつ火に光りかはすやふゆの月
| 成美
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貧居
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古琴の炉にもたかれず雪の暮
| 石牙
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別恋
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無理いふて帰るむくひや夜の雪
| 素郷
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よき人にこの比うとし年の暮
| 瓦全
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この夜ことに聖作を思ひ出奉りて
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としの夜や鐘なるかたは観音寺
| 沂風
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神無月のすゑ長崎のかたより帰りてふた
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たゝび五升庵に杖をとゞむ
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我旅やかり着にしのう夜の霜
| 沂風
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窓ふさげども荒海の音
| 蝶酔
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笹栗寿長亭にて興行
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画の鶴に乗てや出ん冬ごもり
| 其両
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室にあらずも梅かほる窓
| 祥然
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月うつる竹の隙より川みえて
| 沂風
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飯塚の睡台にて
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糸屑をおひて咲けり石蕗の花
| 祥然
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油しめ木のひゞく雪垣
| 依兮
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さゞれ水二瀬の末に橋ありて
| 君花
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斧のまろ刃を磨ぞわづらふ
| 沂風
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宰府日記 坤
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紅梅や白きは上に散かゝり
| 木姿
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鶯の細脛つよし雪の中
| 敲氷
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有所思
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春の雪なすこともみなあのごとし
| 依兮
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春もやゝうき世に出たり松囃子
| 尺艾
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遠里や日暮に低きいかのぼり
| 素輪
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筆とれば口あきにけり雀の子
| 文沙
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かげろふや酒にぬれたる舞扇
| 几菫
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ゆく春の暁寒し小股線
| 重厚
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行春も物うき樫の落葉かな
| 桐雨
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奥山のともし火きえて杜宇
| 遅月
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うぐひすや鳥屋の店に老を啼
| 素柳
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うぐひすや人なき寺に老を鳴
| 菊男
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晨明や若葉わけ出る柱うり
| 臥央
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芍薬やおくに蔵ある浄土寺
| 旧国
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磯くさき海士が蚊遣や薄月よ
| 烏明
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盃に苦はさまざまや夏の虫
| 只言
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六月廿四日の夜宰府の社頭に連歌あり、そのさまを聞しは回廊を幕もてかこひたれこめて、そのうちに宗匠と執筆あり。執筆文台にのぞみ声高く句をよみ上れば、幕の外には参詣の僧俗男女のわかちなく、伊勢の海の浜萩の角文字だもしらず筑波山の葉やましげ山のさし合もわきまへぬも、心にうかぶよしなしごとを口にまかせみだりがはしくおのがじゝ言いづるを、宗匠聞てさるべきをゑらびとりて前句につくる事とかや。さすがにその道しらぬをおもてぶせと思ひて、みなみな笠深くうちかぶりて句をいへば、これを笠着の連歌といふとぞ。其多くの人の中にかならず神の立まじらせ給ひて煙の神詠ありける。その古きためしを引てや年々おこたらず行れけるよし。
笠着の夜神はすゞしき声ならめ
| 沂風
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更がたや連歌の果の笠すゞし
| 祥然
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連歌きく我笠深し月遅し
| 尺艾
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苦熱
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石菖のひとり露けき真昼かな
| 二柳
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ゆく水の御秡は更て星月夜
| 若翁
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木曽寺にかへりてまづ持仏をおがみまた芭蕉堂の像に向ひまいらすれど、こはめづらしとものたまはず。たゞ庭の松が枝の蝉と窓の蔦の葉かげの蚊の声のみ我を待ぬとなくに似たり。さもあらばあれ寺の前の浜辺に出て
水うみにひたすや汗の旅ごろも
| 沂風
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二夏や径わするゝ草のたけ
| 祥然
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