俳 書
『泊船集』(巻之二・巻之三)
元禄11年(1698年)11月、板行。風国編。最初の芭蕉句集。574句を収録。
風国は京都の医師伊藤風国。通称は玄恕。
元禄9年(1696年)9月、『初蝉』刊 。
元禄10年(1697年)9月、 『菊の香』自序 。
春之部
いかの國花かきの庄はそのかみ南都の八重櫻の料に附せられけるといひ傳え侍れば
一里はみな花守の子孫かや
やまとの國を行脚して葛城山のふもとを過るによめの花はさかりにて峯々はかすみわたりたる明ほのゝけしきいとゝ艶なるに彼の神のみかたちあしゝと人の口さかなく世にいひつたへ侍れは
二月十七日神路山を出るとて西行のなみたをしたひ増賀の信をかなしむ
櫻をはなとねところにせぬそ花にねぬはるの鳥のこゝろよ
其角か曰かねは上野か淺草かと聞えし前の年の春吟也尤病起の眺望成へし一聯二句の格也句を呼て句とす
芳野山の花見んとて伊賀の國より旅立申されしに尾州の杜國を同行にて筆をとりて檜の木笠の裏に戯れられしとぞ
大和行脚のときにたむは市とかやいふ處にて日の暮かゝりけるを藤の覺束なく咲こほれけるを
夏之部
此句は酒田にての吟なりいつれの集にやら四ッにやわらん輪にやせんとあやまりしるしけり
笈日記に渺々と尻ならへたる田うえ哉といふ句を入集いたされけれと是は伊丹の句にて翁の句にあらす
「象潟の櫻はなみに埋れてはなの上こく蜑のつり船」西行
花の上漕とよみ給ひけむ古き櫻もいまた蚶満寺のしりへに殘りて陰波を浸せる夕晴いと涼しければ