俳 書

『初蝉』(風国編)



元禄9年(1696年)9月、刊。鳥落人序。

風国は京都の医師伊藤風国。通称は玄恕。鳥落人は惟然の別号。

   初 蝉 集 巻之上

 春の部

   風麦亭にて

春たちてまた九日の野山かな
   芭蕉

   うくひす
  東武
鶯の身をさかさまに初音かな
   其角
  桑門
鶯の薄壁もるゝ初音かな
   惟然
  大坂
うくひすの小頸捻るや朝けしき
   之道

鴬や内のもなけは野から来る
   去来
  伊賀
鶯のなき集めたる胡蝶かな
   土芳
  おなしく
葉かくれに鶯の巣やなく片手
   猿雖
筑前クロサキ
鴬や十聲もつゝく窓のさき
   水札

鴬や初音ないても中たゆる
   風國
 大津あま
わらすへにゆはれ次第や芹薺
   智月
 嵯峨農夫
春風にわらすへ盗む雀かな
   為有

   おほろといふを
  尾州
門かさり空は朧なり
   露川
  いせ
小座しきに餅のむしろや梅のはな
   團友

忘るなよ藪の中なるむめの花
   芭蕉

   此句はある門人に遣れける也

   田にし

   里の男のはみちらしたる田にしか
   らを水底にしつめ待居たれは腥を
   むさほれるとちやうのいくらとも
   なく入こもりて

入替るとちやうも死ぬそ田にしから
   丈屮
筑前クロサキ
鳴さかる雲雀や雨のたはね降
   沙明

   周防岩國山の麓を過るとて

半帋すく川上清しなく雲雀
   惟然

皃に似ぬ發句も出よ初さくら
   芭蕉

しはらくは花の上なる月夜かな
   芭蕉

死ンたとも留守ともしれす庵の花
   丈屮

   廣しまにて

やかて花になる浦山や海苔日和
   惟然

花を宿にはしめ終りや廿日程
   芭蕉
  長サキ
菜種よりぬれいろふかし麦の波
   卯七

   伏見西岸寺任口上人にあふて

われ來ぬにふしみの桃の雫せよ
  はせを

   芭蕉翁塚にまうてゝ

陽炎や塚より外に住はかり
   丈屮

   里の男のはみちらしたる田にしか
   寒たけはさむく土用たけはあつし
   春ひとりなんそ余興なきや

春たけは持のこさぬやおもしろみ
   仝

   木曾塚の旧草にまいりける時前の
   田つらに鷺のむれ下りけるを丈屮
   子指さして此鷺こそこの菴の冨貴
   なれ故翁も如何ほとか秘藏ありし
   と教られしに申侍る

白鷺の春をおしみてあつまるか
   風國

 夏の部

ほとゝきすまねくや麦のむら尾花
  ばせを

   更 衣
  尾州
立雲の南に白しころもかへ
   素覧

   圓覚寺大顛和尚遷化したまふよし
   聞えけれは尾はりの國より其角か
   かたへ申遣されけるなり

梅恋て卯の花拝む泪かな
   芭蕉

   ほたる

螢火や蟹のあらせし庭のへり
   丈屮

草臥の根ぬけや沖の昼すゝみ
   丈屮

   尾花澤清嵐亭にて

すゝしさを我宿にしてねまる也
   芭蕉

さひしさや岩にしみ込蝉のこゑ
   芭蕉

   祭

  東武
象潟は料理なにくふ祭りかな
   曽良

おもしろうてやかてかなしき鵜舟かな
   芭蕉

   日光山にて

たふとさや青葉若葉の日のひかり
   芭蕉

   初 蝉 集 巻之下

 穐の部

   玉まつり

精靈のすかれし人をあつめ鳧
   丈屮

雜菊のはたかる處結れ鳧
   沙明

筑前クロサキ
野屋敷に馬一疋や菊の花
   帆柱

   鷄頭花

鷄頭や雁の來る時尚あかし
   芭蕉

稲妻のわれて落るや山のうへ
   丈屮

   長崎に入の吟

朝きりの海山こつむ家居かな
   惟然

霧しくれ冨士を見ぬ日そ面白き
   芭蕉

   浦のあきとは   須广にて

曉を見あはせにけり浦の穐
   惟然

   越前いろの濱にて

さひしさや須广にかちたるうらの穐
   芭蕉

老の名のありともしらて四十から
   芭蕉

   蕎麦の花

   豊前の國小倉を出て黒さきちかき
   あたりにて

歩行よりそおもむく峯にそはの花
   惟然

   落柿舎普請の比

屋根崩す鎌のしり手や柿紅葉
 可南女

   月

   義仲寺にいませし時に

名月や兒たち並ふ堂の橡
   芭蕉

   とありけれと此句意にみたすとて

名月や海にむかへは七小町
   仝

   と吟しても尚あらためんとて

明月や座にうつくしき皃もなし
   仝

   といふに其夜はさたまりぬこれにて
   翁の風雅にやせられし事をしりて風
   雅をはけまん人の教なるへしと今茲
   に出しぬ

   伊賀へ越時おときの峠にて

いひおとす峠の外もあきの雲
   丈屮

面白き穐の朝寝や亭主ふり
   芭蕉

唐からし痩て小枝のおくれ也
   惟然

  南都
とられすは名もなかるらんもみち鮒
   玄梅

わた弓や琵琶になくさむ竹のをく
   芭蕉

   ある人に餞別

舟よせてになひの水に萩(※草冠に「穐」)の花
   沙明

   ミノ如行亭にて


  尾州
市中にふくへを植し住ゐかな
   越人

   西行谷のふもとになかれありおんな
   共の芋あろふをみるに

芋あろふ女西行ならは哥よまん
   芭蕉

  東武
綿の花たまたま蘭に似たるかな
   素堂

   惟然か筑紫に出る日いなりのやし
   ろにまうてゝほ句奉納しけるを筆
   のはしめとしもしの関といふ記行
   ありいま恙なく歸洛せし事偏に神
   慮にかなふなるへしと其句をもと
   めて

又いつとよるへのはたや穐の風
   惟然

 朝日にまつの露はほかつく
   風國



 冬の部

飛かへる岩のあられや窓の内
   丈屮

   時 雨

鳥の羽もさはらは雲の時雨口
   丈屮

   雪

鉢の木や湯殿に入し雪の宿
   許六

守りゐる火燵を菴の本尊哉
   丈屮

   定家の卿の哥に

   吹あらしあらしと今はおもふ行
      あかつきの寢覺なりしを

   といふを圖して

山やおもふ紙帳の中の置火燵
   仝

   肥前愛津の関を過るとて

目の前てかふりつきたる大根かな
   惟然

  備前
水鳥よなんちは誰を恐るゝそ
   兀峯

夜からすをそやし立鳧鴨のむれ
   丈屮

   歳 暮

そはうちて眉髭白しとしのくれ
   嵐雪

   落柿舎へ遣しける文のかへりに

  去來
放すかととはるゝ家や冬籠

 霜のかさねの落葉ふかつく
   風國



   慮にかなふなるへしと其句をもと
   此集已ニ成て井筒屋へつかはせし
   北枝か文にほ句あり且ツおくれ
   來りし句を添て追加となしぬ

脇さしの鞘に霜うく後の月
   正秀

   元禄九年重陽の日

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