俳 人

尾崎康工

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俳諧百一集』 ・ 『蕉句後拾遺』

 戸出村の人。中川乙由の門人。別号八椿舎。近江の義仲寺に滞在。晩年は故郷の戸出村に戻り六壁庵を結んだ。

元禄15年(1702年)、越中国砺波郡戸出村に生まれる。

宝暦年中(1751〜63)、町川の土堤に甍塚建立。



観音のいらか見やりつ華の雲

宝暦14年(1764年)5月、俳諧百一集』上梓。

安永3年(1774年)正月、『蕉句後拾遺』自序。

安永8年(1779年)3月6日、79歳で没。

高岡市戸出の太玄寺に「夕顔塚」がある。



燈もひとつまた夕顔の見えにけり

康工の句

鳳巾蠶の紙も動く時


しくるゝや小鴨に舟の行当


梨の花咲て昼鳴蛙かな


秋のくれ人のわたらぬ川の音


然れともものにさはらす雉子の声


梨の花咲て昼なくかはづ哉


誰が春のものと見初て柳かな


秋風に吹れて居るやかしや札


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