高桑蘭更

俳諧有の儘』(闌更編)



明和6年(1769年)、『俳諧有の儘』(二夜庵闌更編著)蓑笠庵梨一序。

故に我祖芭蕉の翁も、若き時は一たび談林の快活にあそび給ひしが、

一時雨礫や降て小石川
   桃青

終に古池の蛙に睡をさまし、道のべの木槿に感を起して、

山路来て何やらゆかしすみれ草
   翁

夏ごろもいまた虱をとりつくさず
   ゝ

あかあかと日はつれなくも秋の風
   ゝ

ほしざきの闇を見よとや鳴千どり
   ゝ

正風一派の風流をさだめ、かの談林の荒唐を改め給ふ。

 もとより其変風に至ては論もなく弁もなく、只天地人情の自然より出たるのみ。祖翁の私をもて風俗をあらため給ふにはあらざるならん。さるを其門人の世に至て、面々得たる所の風骨にしたがひ、あるはさびしく、あるは花やかに、おもひおもひの風流をつくせば、

   北枝の曰

いざよゐ(い)の龍眼肉やからころも
   其角

梅の花赤いは赤いはあかひ(い)はさ
   惟然

梢から舌喰きつて椿かな
   露川

一声は片器(へぎ)に乗せてや杜宇
   見龍

      此人々は蕉門の英雄ながら、一
      度は此あやまちなきにしもあら
      ず。「立聞に耳を取出す頭巾か
      な」とは、予もあやまれり。



故にいとまあるお(を)りお(を)りには、

 詩の躰

馬に寝て残夢月遠し茶の煙
   翁

 哥の躰

かみぎぬのぬるともをらん花の雨
   ゝ

 影射の法

冬牡丹千どりよ雪のほとゝきす
   ゝ

枯枝に烏とまりけり秋の暮
   ゝ

      「からすとまるや」とありてもく
      るしかるまじきを、かくのべ給
      へるにも、漢語をたちいれ給
      ひしにも用有ときゝぬ。



別るゝや柿喰ながら坂のうへ
   惟然

   「岸の山吹」とよみけん、芳のゝ川上
   こそ、皆山吹なれ。しかも一重に咲
   こぼれて哀に見へ(え)侍るぞ、さく
   らにもお(を)さお(を)さおとるまじき
   や。

ほろほろと山吹ちるか滝の音
   翁

言はぬ夜や音あるものは皆寒し
   幾暁庵
  トヤマ
みよしのや花のいづこに人の家
   麻父

ぬれながら穴掘熊や夕時雨
   椅彦



  諸国之部
  花洛
梅の落る音のするなり五月雨
   蝶夢
  江府
みよし野や花の流るゝ水七日
   巻阿
  
下掃て置直しけり萩の花
   秋瓜
  鴻巣
出る事もしらぬ神馬や春の雨
   柳几
  美濃
鶏頭や十王堂のつかみたて
   以哉坊
  
若草やはなれし駒のとゞまらず
   丈水
  
見渡せば海又うみや秋の暮
   山李坊
 越前丸岡
秋立ぬ起て何着ん老の肌
   梨一
  戸出
誰が春のものと見初て柳かな
   康工

秋や立うらむがごとき松の風
   既白

杜宇穂麦が岡の風はやみ
   麦水



ともにしたはん翁の道のありのまゝ
   闌更

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