無外庵既白

蕉門むかし語』(既白編)

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明和2年(1765年)、『蕉門むかし語』(既白編)。蓼太蝶夢序。

 北越の既白叟、ことしは鎌倉山の懐古に、阿仏の杖の細みをたどり、長明が笠のやれをしたひて、墨の袂やしぼられけん。なお(ほ)武江のかり寝は、我雪中庵に錫をかけられしとぞ。は又五月雨の始より松島・平泉にさまよひ、たがひに関山の月を望む。

 はた叟や、年ごろ聞を(お)ける蕉門のむかし物語をひとつの冊に綴り、かの緒に物せよと、其文音章声は遠くみちのおくに響く。よつて蓼太、仙台の旅舎嘉定庵に書して、洛下の書肆橘治がもとへ贈侍る。

 白道人の、秋は東海道のかへさ、杖鉢をこゝの半閑室に留らるゝに、或夜のつれづれ、頭陀より一つの草帋(紙)を出して、余に校せよといふ。見るに、故翁在世のふるきためしを引て、多くは此ごろ蕉門下の人の風俗のくだりもて行をいましめたるなり。

 余いふ、「かゝる宜なる解は有難き教なれ。とかうおもふ人はえあらじかし。かゑ(へ)りて師をやにくみ、むかひ火作り、罪うらん。」といふに、道人例の鉄如意を撫て、「蘇良中脳蓋」と、あらゝかに云声の恐ろしげなるに、灯さへくろふなりぬれば、其儘にやみぬ。

京極中川の法師 書

   明和乙酉の秋寒き夜



蕉門昔語
   雲水僧既白輯

○李白が法外の風流を得て道にちかし、と宋儒の評せられしは、天機を動かさゞればなり。惟然坊が諸州を跨て、「句をわるくせよわるくせよ。求てよきはよからず。うちすゞしくば外もあつからじ」といふは、生得の無為をたのしみて、この為に塵埃を惹じとならむ。

   南部の雪に逢て

木もわらん宿かせ雪の静さよ
   惟然

   二本松にて

先米の多い所で華のはる
   ゝ

   松しまにて

松しまや月あれ星も鳥も飛
   ゝ

   深川の千句に

おもふさま遊ぶに梅の散ばちれ
   ゝ

など一句として斧鑿にわたりたるとは見えず。「地獄天堂は学人の心なるべし」と、つくしの朱拙が書置しもさる事にぞ。

山吹や宇治の焙炉のにほふ時
   翁

初雪や水仙の葉のたはむほど
   ゝ

 いせの麦林の発句、多くこの二句の姿情を学びて門人の発句、百句は百句ながら此風なり。それぢやによつて、これぢやと、物をふたつ合せて作れり。

鶯の茶に紅(もみ)裏やむめのはな
   乙由

七夕にかして裸や竹婦人
   ゝ

 麦林もおほくは此躰にして、萍やけさはあちらの、かんこどり我もさびしいか、といへる観相深意の吟は門人の句に甚まれなり。

路通は故翁の勘当し給へるよし、いと不審におもひしが、さにあらざる事、曲翠への文のはしに見えたり。

一路通事、大坂にて還俗致したると事、致推量候。其志三年以前より見来る事に御ざ候へば驚に不足候。とても西行・能因がまねはなるまじく候へば、平常の人にて候。常の人がつねの事をなすに、何の不審か御座あるべくや。拙者におゐ(い)ては不通仕まじく候。俗となり候ても、風雅のたすけになり候はんは、むかしの乞食よりまさり可申候。

二月八(ママ)
   はせを

曲翠様
   此ふみ今大津にあり

   かちならば杖突坂を落馬かな

○「前車の覆を見て、後車のいましめになす」の諺をもて、行脚の奢侈をつゝしめよと、こゝに垂誡の吟を残し給へども、無季の格などゝのみをしゆ(ふ)る先生たち鈍(緞)子・繻珍の駕ぶとん敷かさね、金銀をちりばめしたばこ盆など前に置て、杖つき坂を眠り眠り通らるゝは、ことのあまりに浅ましうこそ。

   おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな

○世上の産業様々にして、山海の猟漁にものゝ命を断は、おなじ事とは言ながら、まして数々の魚を鵜に捕せて、これを吐せ、魚鳥をくるしむる様見るも、中々罪ふかくぞおもひ侍る。歓楽きはまって哀情多しと、鵜舟の篝火ながめやり給ふ翁の、渠(かれ)らがなすわざいかばかりあはれにおもひ給ふらむと、ながら川のほとりにて、涙衣の袖にうくばかりなりけらし。

   閙中閑居

松にして聞ばやとしの市の音
   既白

   

松風におもひかへすもむつかしや

只そのまゝの市中(まちなか)の音
   半化坊

   冬日素園尼を訪て

水仙やものにそまらぬはなごゝろ
   既白

 見え透まゝに冬の枝折戸
   素園尼

よめかねる事を使に問あてゝ
   ゝ

      未 略

   無外菴にて除夜の三吟よゝし略

物もたぬ身は越安し年の坂
   既白

 雪にしづまる世の中の塵
   五菱

寝過した枝の烏に日のさして
   半化坊

   春日既白法師を訪ふ

春もその机に問む鳥のあと
   椅之

 和らかに吹袖に梅が香
   既白

養父入も京を離れぬ所にて
   之

   既白ほうし夏のはじめよりこゝの
   竹庵に錫をとゞめ、今はた一所不
   住の旅立を送る。

曇らねば何所でも月の座敷あり
   多少

   無外主人をとゞめて
イセ山田
我宿は秋風あらく露寒し
   樗良

   既白法師の(ママ)再会をよろこびて
 イセ津
一年に二度見る顔や冬至梅
   二日坊

   口是禍門

物言ぬ花に見おとす所なし
   半化

   篭鳥愁

篭で見る心は低き雲雀かな
   ゝ

   右二題一章

鶯の初音もかなし篭の中
   既白

   言はじ言はじとはおもへども

釈迦孔子老子もいはですむ事を

   知つて居ながら口たゝきけり

蕉門むかし語
   雲水僧既白
  中川僧
遊び人に罪つくらすや春の雨
   蝶夢

梅咲や草のむしろに針仕事
   文下

   うかれ女の情を思ふ
  
あさがほやいなせたあとの夢に咲
   諸九

初厂や雲におもひのまたひとつ
   只言

         近 江
 湖南浮巣庵
下闇を角でさぐるや蝸牛
   文素

幾つ居ても鳴ぬ蛙や秋のくれ
   可風

         越 前
  丸岡
あさがほもすゑ一輪の寒さかな
   梨一

         加 賀
  金城
ふところへ鳥の立込吹雪かな
   半化坊
  樗庵
鳥啼や藪は菜種の走り咲
   麦水
 松任尼
眼をふさぐ道もわすれて山ざくら
   素園
 雪兎窟
曙の只ならぬ鴫の沢辺哉
   見風

         越 中
  戸出
秋のくれ人のわたらぬ川の音
   康工

   湖南の 祖廟に詣し日は、しばら
   くも晴間なくて、
  亡人
芽の時は石に雨聞ばせをかな
   麻父
丿ヘ菴連
兀るほど水ともならで霞かな
   玉斧
 冨竹庵
子規こよひもさびし鸚鵡石
   知十

         越 後
南嶺菴連
燈篭や市に鎮まる小柴垣
   梅至

         信 濃

一棒も待ずに桐の一葉かな
   麦二
 岩村田
つばくらの麁相にあそぶさくらかな
   鶏山

         武 州
東都松籟庵
名月や牛の背に見る駕ぶとん
   秋瓜

聞出してくれる亭主や鹿の声
   霜後

藁葺に雨の音聞ばせをかな
   止弦

朝がほや起てひらかぬ片折戸
   鳥砕
    (ママ)
牽牛花(あさがほ)や夜のちからの届くまで
   烏明

螢みな露となりけり今朝の秋
   門瑟
 雪中庵
名月や水を観ずる須厂の巻
   蓼太

初秋や水へ見かへる橋の人
   梅人
ハンザハ僧
蝉の声不二を越てや今朝の秋
   菊図

        遠・三州
  国府
魂棚や花は源氏に誉し馬
   米林

        尾・濃州
  鳴海
梅咲やたしか五山の小僧たち
   蝶羅
那古屋半掃菴
木に置て見たより多き落葉哉
   也有
 帰童仙
秋たつや茶粥に味の覚えられ
   五筑坊
  岐阜
松くれた人に見せたし今朝の雪
   以哉坊

         伊 勢

   粟津の松原にて馬上の吟
  山田
こがらしや日も照り雪も吹ちらす
   樗良

山里や竹にかくれて薄紅葉
   宗居
 神風館
町中を晴な烏やけふの月
   入楚
  
昼見えぬさとを夜聞きぬたかな
   二日坊

   摂・紀・播・備・藝州
  岡山
夕顔や子の這て居る門むしろ
   松吾

  広嶋
ひらひらと涼し野花も青葉して
   風律

   文 通
  
姫百合や鏡ほど野ゝわすれ水
   白糸
  津軽
明星に妖あらはるゝおどりかな
   里桂
  林崎
草の戸やそれから青む薺粥
   壺中
水戸行脚
舟で出て中から見たし杜鵑花
   三日坊

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