芭蕉の句

ともかくもならでや雪のかれ尾花
出典は『北の山』。
「行脚のとしをかさね、東武にかへりて」と前書きがある。
『蕉翁句集』には「三秋を經て草菴に歸れハ旧友門人日々にむらかり来りていかにととへハこたへ侍る 」と前書きがある。
元禄4年(1691年)10月29日、芭蕉は『奥の細道』の旅以来久々に江戸に帰ってきた。
『俳諧一葉集』には「霜月のはじめ武江に至る」と前書きがある。
雪の尾花
よの中定がたくて、此むとせ七とせがほどは旅寝がちに侍れ共、多病くるしむにたえ(へ)、とし比ちなみ置ける旧友・門人の情わすれがたきまゝに、重てむさし野にかへりし比、ひとびと日々草扉を音づれ侍るに、こたへたる一句、
兎ともかくもならでや雪のかれお花
| ばせを
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夏目成美は、天和3年(1683年)に甲斐の国から深川の芭蕉庵に帰った時の句とする。
芭蕉深川の菴池魚の災にかゝりし後、しばらく甲斐の国に掛錫して六祖五平といふものをあるじとす。六祖は彼ものゝあだ名なり。五平かつて禅法を深く信じて、仏頂和尚に参学す。彼のもの一文字だにしらず。故に人呼て六祖と名づけたり。ばせをも又かの禅師の居士なれば、そのちなみによりて宿られしとみえたり。その後、其角が招きによりてふたゝび江戸へ立かへりて、
ともかくもならでや雪のかれ尾花 ばせを
ときこえしはこの時の事なり。
萬福寺の句碑

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