旅のあれこれ


黒田官兵衛ゆかりの地

 天正5年(1577年)10月15日、黒田孝高は松寿丸を人質として豊臣秀吉に預ける。

 天正6年(1578年)、三木城主別所長治が反旗を翻し、上月(こうづき)城も陥落、官兵衛の進言により秀吉は姫路城から円教寺に本陣を移す。

 天正6年(1578年)、孝高は信長に反旗を翻した荒木村重を説得に有岡城に赴くが、村重は官兵衛を幽閉する。

 天正15年(1587年)7月3日、孝高は豊前国6郡12万3千石の領主となる。

 天正16年(1588年)、孝高は中津城の築城を始める。

 天正17年(1589年)4月、孝高は前領主宇都宮鎮房(しげふさ)を謀略結婚により中津城内に誘殺。

 天正17年(1589年)、孝高は家督を長政に譲って隠居し、「如水軒」と号した。

 天正19年(1591年)10月上旬、全国の諸大名たちが名護屋に到着し、城普請に取り掛かる。築城に際して黒田孝高が縄張りを命じられた。

一夜城歴史公園

(神奈川県小田原市)

有岡城跡公園

(兵庫県伊丹市)

円教寺

(兵庫県姫路市)

姫路城

(兵庫県姫路市)

秀吉本陣跡

(岡山県岡山市)

高松城跡

(岡山県岡山市)

如水の井戸

太宰府天満宮(福岡県太宰府市)

名護屋城跡

(佐賀県唐津市)

中津城

(大分県中津市)

合元寺

(大分県中津市)

黒田長政

 慶長5年(1600年)11月、黒田長政は関ヶ原の戦いの戦功により筑前52万石に加増、名島城に移る。

 慶長6年(1601年)から7年をかけて福岡城を築城。

 元和9年(1623年)8月4日、長政は56歳の生涯を終える。

 寛永元年(1624年)、三男長興公は遺言により秋月黒田藩5万石の城主として入府する。

名島城跡

(福岡県福岡市)

筥崎宮

(福岡県福岡市)

崇福寺

(福岡県福岡市)

聖福寺

(福岡県福岡市)

水鏡神社

(福岡県福岡市)

福岡城跡〜舞鶴公園〜

(福岡県福岡市)

福岡城跡〜下之橋御門〜

(福岡県福岡市)

旅のあれこれに戻る