2009年京 都

西本願寺〜世界文化遺産〜
indexにもどる

京都市下京区堀川通花屋町下る本願寺門前町に西本願寺(HP)がある。


 天正19年(1591年)、豊臣秀吉により寺地の寄進を受け、大坂天満から現在の堀川六条に移転。

 慶長7年(1602年)、徳川家康は寺地を寄進し、東本願寺が始まる。

龍谷山本願寺は浄土真宗本願寺派の本山である。

境内は世界文化遺産。

本堂(阿弥陀堂)


宝暦10年(1760年)、再建。

重要文化財である。

御影堂


寛永13年(1636年)、建立。

 天明元年(1781年)、田上菊舎は西本願寺の報恩講に参詣している。

御影堂内陣


親鸞聖人の木像が安置されている。

 文化8年(1811年)3月、田上菊舎は西本願寺の親鸞聖人五百五十回忌に参詣。

唐 門


伏見城から移築されたそうだ。

国宝である。

 享和2年(1802年)3月22日、太田南畝は西本願寺、東本願寺を訪れている。

七条河原をわたりて、かの石川五右衛門が烹られし跡を見つゝ珠数屋町に出て、六条東本願寺にいたり、名に(おふ)門の彫物をみ、西本願寺の門をみれば、この比あらたに営み建て、三月廿六日供養ありとて、いまだかこひをとらず。されど東の大きなる門には、たちも及ぶべからず。


西本願寺の南東隅に太鼓楼がある。


 元治元年(1864年)6月5日「池田屋騒動」以降、新選組は隊士が増え、慶応元年(1865年)3月10日、屯所を壬生から西本願寺に移した。

 境内に「新選組本陣」の看板を掲げ、北東にあった北集会所と太鼓楼を使用したそうだ。

 昭和44年(1969年)3月12日、高浜年尾は清交吟社吟行で西本願寺飛雲閣へ。

   三月十二日 清交吟社吟行 京都西本願寺飛雲閣

大寺のどの部屋もみな隙間風

睡蓮の古葉に添うて生ひそめし

水草生ふ水面を雨の叩くなり

冴返るひとしほ京の春の雨


飛雲閣は通常非公開。

龍谷大学大宮キャンパスへ。

2009年京 都〜に戻る