旅のあれこれ


太田南畝ゆかりの地

東 京

狂歌師。別号、蜀山人。四方赤良。四方山人。

 寛延2年(1749年)3月3日、江戸牛込に生まれる。

 安永6年(1777年)6月、『蓼太句集』再刊。南畝序。

 天明7年(1787年)、大田南畝『鶉衣』(前篇)刊。

 寛政6年(1794年)、湯島聖堂の学問吟味に合格。

 享和元年(1801年)、大坂銅座に赴任する。『改元紀行』

 享和2年(1802年)、太田南畝は江戸に帰る。『壬戌紀行』

 文化元年(1804年)8月18日、太田南畝が大坂を出て小倉まで旅をする『革令紀行』。9月、長崎奉行所勘定役として着任。

 文化2年(1805年)10月10日、長崎を立ち江戸に帰る。『小春紀行』

 文化6年(1809年)2月16日、太田南畝は松原庵星布を訪ねる。

文政6年(1823年)4月6日、75歳で没。

鼠どの殿上人の真似をして
滴れかかる四位の少相

釈迦堂(茨城県結城市)

稲津ま也闇のかた行五位の聲

妻沼聖天山(埼玉県熊谷市)

てる月の鏡をぬいて樽まくら
雪もこんこん花もさけさけ

東光庵(神奈川県足柄下郡箱根町)

山の神さった峠の風景は
三下り半にかきもつくさし

大井川河川敷(静岡県島田市)

倶利伽羅の餅に大小不同あり
客がこむから亭主せいたか

不動寺(石川県河北郡津幡町)

大友の王子の王に点うちて
つふす玉子のふわふわの関

美濃不破関跡(岐阜県不破郡関ヶ原町)

五十五町二十七曲り
書いた女郎の文の長さよ

岡崎城(愛知県岡崎市)

彦山の上から出る月はよか
こげん月はえつとなかばい

諏訪神社(長崎県長崎市)

蜀山人・天門山碑

諏訪公園(長崎県長崎市)

史跡料亭花月

(長崎県長崎市)

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