立子句碑

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『立子句集』

一月

墓道となり凍土のもの深く

凍土の上ほかほかとかわきをり

こゝの娘に手毬がはやる冬椿

二月

たびたびの春の時雨も馴れにけり

三月

門せまく春雨傘をかしげ入る

芍薬の芽の延びんとす勢かな

菖蒲の芽枯葉の中におびたゞし

金堂のほとりの水に菖蒲の芽

落椿あかき鼻緒の庭草履

石垣に沿うて続くや落椿

落椿見上げてやがて磴上る

まゝ事の飯もおさいも土筆かな

四月

釈迦堂の春日の塀を牛車

右窓に又も遅日の日がまはる

このあたり関ケ原とや菜種咲き

さきにゆく蝶に従きゆく花大根

手にとまる蝶おそろしき山路かな

落ちつけばすぐに睡たし縞あげ羽

春風や上げし線香の燃えてゐる

露の句碑の下に憩へる遍路かな

遍路ふと憩ひしまゝに見上げけり

遍路笠荷と置いてあり遍路ゐず

はき変へて足袋新しき遍路かな

拝みつゝ遍路まなこをつむりける

お四国の地図壁にあり堂の春

種俵緋鯉の水につけてあり

堰水にかならずあるや種俵

大山(だいせん)の裾ははるばると桑畑

五月

松蝉や幼き頃のものがたり

杉落葉雨流れたる跡のあり

六月

菖蒲田のまん中にあり虫柱

たれ下る菖蒲の花に雨のすぢ

花菖蒲咲ききりたりし花かろく

広々と紙の如しや白菖蒲

ゆるやかに人続きゆく花菖蒲

十薬や岩を落ち来る水少し

午後の日に十薬花を向けにけり

札幌の放送局や羽蟻の夜

歩きつゝ人やりすごす木下闇

七月

菓子の粉団扇の上に受けにけり

何となくくたびれてをり扇風機

重ね著る宿の浴衣に皆似たり

日当れどデツキ涼しやみな出づる

八月

流燈のひろがり浮ぶ湖心かな

花火上るはじめの音は静かなり

城門に這入りゆく人花常山木

しばらくは常山木の香とも知らざりき

鴨下りて静かに進む七かまど

九月

一列に芒や萱を岐け岐けて

尾花野の女花男花ととりにけり

をみなへしあしたの原に色濃ゆく

女郎花少しはなれた男郎花

萩の庭この萩叢が美しや

帰らねばならぬ用あり昼の虫

湖にうつりし月の大きさよ

湖に月とはなれてうつる雲

神苑の裏にまはれば秋の蝶

いびつなる秋海棠の広葉かな

十月

秋晴や十六禿を眺めつゝ

秋晴や山火趾とも教へられ

旅に出る上野の駅の秋の風

秋雨や馬が顔出す樺林

鵯を吸いひ込み大樹うつさうと

はにかみて拾ひし木の実見せくれぬ

丹波路の稲架(はさ)の高さよ黍も掛く

稲こきの男見えさし淡路島

張物をしてをり柳散る下に

十一月

飲んでよきこゝの御手洗冬日和

右銀杏左紅葉の落葉道

独楽もつて子等上り来る落葉寺

赤きこまくるくるまはる落葉かな

あばれ独楽やがて静まる落葉かな

独楽二つぶつかり離れ落葉中

赤きこままはり澄みたる落葉かな

落葉中二つの独楽のよくまはる

髪に手をあげて時雨の庭の子等

時雨るゝや小原女道を掃き急ぐ

十二月

大仏の冬日は山に移りけり

足に射す冬日たのしみをりにけり

舟の前鴨とび立ちて渡りけり

船長は毛糸編みをり舟静か

霜解けのかわきかゝりし芝生かな

『続立子句集第一』

昭和13年(1938年)

空の色あせつ木の芽のあきらかや

見えてきて飛燕は窓の空遠く

別天女在るが如くに飛燕かな

(うすもの)の袖にはものを入れぬこと

水著きてボートは真白旗は赤

お台場にそうて船ゆく蝶の昼

花火屋の舟来てこちの舟にぎやか

滝音と河鹿の声と鵜舟待つ

鵜なはこく音と篝のもゆる音

みぞそばの花を手折りてとみかう見

秋晴や海女野の白き道見ゆる

破風型に八島そびえて鵙日和

海女の墓拝みて駈けて旅疲

秋遍路浪花人とはなつかしや

夕鵙のうしろに叫び月前に

石蕗すがれはじむる前のひとさかり

銀杏黄葉散りはじめゐし詣りかな

昭和14年(1939年)

夕方につきたる宇治の枯木よし

風花に少しも濡れず旅衣

訪はねども尼出て会釈名草の芽

ものの芽に風花舞うて日向かな

赤き色は楢の芽なりき春の川

降りつゞき春雨傘に又外出

春の雪すぐに解けそめ鳩赤く

みちのくやつゝじは草に低く咲く

蝶を見るいとまや旅の汽車の窓

蝶の黄のだんだん濃ゆく山寺へ

面白山トンネルとこそ山清水

茶屋涼し野蒜ひとたば置かれあり

宿の婢に借りし日傘をもやひさし

五月雨の松島寒し昼餉まつ

舟著くや五月雨傘を宿の者

五大堂に漕ぎかくれゆく藻刈舟

五月雨や近づく舟の艪休めて

風涼し島の名ばかり教へられ

島めぐる舟たのし新樹美しき

秋暑し修女に吾子従きわれ従ふ

入江あれば睡蓮畳花盛り

駒ヶ岳の裾曳き秋の湖に消ゆ

船著かぬ間を桟橋に泳ぐなり

『笹目』

昭和18年(1943年)

久しぶり晴れわたりたる刈田かな

次の間の北窓障子風が鳴る

滝の前過ぎて橋あり渡りゆく

七堂や杉に紅葉にうづもれて

時雨中馬車自動車と別れ乗り

大岩のまこと静かに時雨れをり

黒塗の突きあげの上の散紅葉

濃紅葉もよけれど雑木紅葉かな

いはほ酔ひ素逝しはぶく宿りかな

寒き夜や虚子まづ飲めば皆酔へり

石蕗少しさかり過ぎゐし庵を訪ふ

昭和19年(1944年)

藁の軒桜月夜も小淋しき

新涼の手紙はかどり用片づけ

昭和20年(1945年)

熱き茶を飲めばすぐ消ゆ程の汗

その中に噂の人も居て涼し

梅雨明けしならん木々照り草そよぎ

姨石を濡らす雨かな月を待つ

秋風や姨石に目を見はりたる

思ひきや今年の月を姨捨に

更級の月に二日の旅たのし

秋雨やはなはだ大いなる御寺

炬燵より時雨るゝ窓は遠くあり

大いなる落葉の山を焼きし跡

湿りたる落葉掃く音はじまりぬ

昭和21年(1946年)

なつかしきひそかな花とがんぴ見る

美しと見たる其処にも花がんぴ

呼ばれ立つ心残して花がんぴ

すぎし夏思ひ出せなく泉べに

ゆくてなる何かけはしき秋の雲

野菊叢近づけば蓼もおほばこも

きさゝぎの実の話へと又もどる

草の実のつきし袂に気づきつゝ

目つむればそのまゝねむし昼の虫

わが心いつ落ちつくや蜻蛉群れ

寄りて来る人笑みまつや秋日濃し

鴨わたる湖面すれすれ又わたる

肌寒の火に手かざして思ふこと

東餅屋西餅屋とて紅葉狩

すぎし夏思ひ出せなく泉べに

ゆくてなる何かけはしき秋の雲

紅葉よし連に見せ度く指さしぬ

長き夜や今後ジテとなる江口

小春なる海地獄見て来し目には

山茶花の美しかりし都府楼趾

都府楼趾淋しき冬の雨が降る

点々とある礎石見て時雨見て

草紅葉静かに牛車ゆかせつゝ

遠目にも観世音寺の時雨れをる

戒壇院の額に日あたり時雨れをり

鐘つけば雨だれの音と落葉の音

紅葉中慈恩の滝といはれ落つ

芒山ばかりわがゆくこの山も

これがこの由布といふ山小六月

思ひ出の旅袷なる旅衣

襟巻をして羽織着て心やす

紅き色少しはげたる冬紅葉

銀屏に今日はも心定まりぬ

昭和22年(1947年)

初花や薄日さしつゝ雨ほつと

太幹にましろに一花初桜

蕾率て花ほつほつと初桜

谷深き遠鶯にひとり笑み

雨ほつと折から野路のたんぽゝ黄

あつけなき夕立なりしよ茄子トマト

鶏小屋の鶏見えず大夕立

麻負ひて里の乙女等雷一つ

花芒剪りし跡あり芒叢

『実生』

昭和23年(1948年)

山吹のまさをなる葉に黄点点

春の夜の気おくれごとの門たたく

かたまりて落ちし柳絮に土硬し

昭和24年(1949年)

春蘭や実生の松にかこまれて

更衣おくれつつまだ旅にあり

秋深き歩危の水辺の小舟かな

朝寒や起きて用なき旅の身に

昭和25年(1950年)

滝落つる岩膚あらはなるときも

夜夜そだつ霜に此処なる生活あり

昭和26年(1951年)

温泉を出でて汗かわく間も話しつつ

『春雷』

昭和27年(1952年)

芋水車かくる所を見にゆかな

霧の中此処に別れの竜胆つむ

竜胆を摘まんと霧の中を歩す

石蕗も咲き静かな庭と帰り告げん

昭和30年(1955年)

現し世を日々大切に更衣

娘とは嫁して他人よ更衣

しつらへし緑蔭に椅子除幕式

一人居る一人の刻や芭蕉林

たのしみの有田に入りぬ町は初夏

夏山を見よと土廂浅くあり

垣ざかひまで来し朝日苺つむ

門司より人中津より人暮遅き

虚子堂と名づけしことよ萩芒

蛍よぶ昔も今も同じ唄

寢巻の子寢巻でなき子螢追ふ

昭和32年(1957年)

和服著てこたびは曼珠沙華の旅

秋晴の句碑たづねつゝ京に在り

余呉の湖すぐそこに見て旅の秋

烏とび高稻架がくれ村乙女

住職と子等立つ見ゆる波止の秋

昭和33年(1958年)

山裾を来る遍路山下りて来る遍路

ふるさとに似し山河かな遍路くる

あの尾根をかく来られしか春の山

その他

昭和6年(1931年)

落葉池ときどき水のふるへをり

昭和21年(1946年)

冬雨のつのるばかりよ軒庇

末枯に立ちて偲べば吾(わ)も恋し

紅葉濃し父恋ふ父の杖をつき

語りつゝ磴のぼりゆく紅葉冷え

広々と筑後川あり末枯るゝ

思ひ出の旅袷なる旅衣

昭和25年(1950年)

霜の夜のどこまで冷ゆるわが身かな

夜々そだつ霜に此処なる生活あり

北風に立つ我に人ものみだか

我為さねば片づかぬとや寒きこと

昭和30年(1955年)

憩ひ見る立花様の雛納

晩涼や晝歩きたる道をまた

地圖を見てあれ兎島涼しけれ

おくれゆくこの子の籠に螢一つ

昭和32年(1957年)

久鶴はさび朱の裾の秋袷

曼珠沙華ここにも咲いて庭案内

秋晴の床几にかけて今一人

濃き色の野菊ときけどまだ蕾

秋風の吹くとしもなき汀ゆく

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