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天平8年(736年)、聖武天皇の勅により泰澄大師が開祖。 元亀元年(1570年)、織田信長の天筒山攻めの兵火により堂宇全焼。 寛文2年(1662年)、観音堂を再建。 |


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この句は、元禄2年8月15日の雨月に翁南北朝時代(1336)金ヶ崎落城の悲劇にまつわる陣鐘の事を聞き詠んだものである。 この塚は翁の没後68年に白崎琴路らが建立し、その翌年より墨直しの行事が行われ、古例となった。 |
| 素龍清書本『奥の細道』は去来の死後敦賀の俳人白崎琴路の許に移り、現在は敦賀の西村家に伝えられているそうだ。重要文化財である。 |
| 享保6年(1721年)、露川は門人燕説を伴い金前寺を訪れている。 |
| 遊誓法山金前寺万景縮看一望中 |
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| 涼しさの要やてらのかねが崎 | 居士 |
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| 日は若葉月の波うつ金が崎 | 無外 |
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明和2年(1765年)、梨一は金前寺を訪れ、鐘塚を見ている。 |
句碑を訪うおりから月もなかりけり
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