『奥の細道』北 陸

「芭蕉翁月一夜十五句」(荊口句帖)


 大垣藩士宮崎荊口と、その子此筋・千川・文鳥を中心とする発句・連句の書留である。

元禄2年(1689年)8月21日、路通序。

芭蕉翁月一夜十五句

   福井洞哉子をさそふ   は(せを)

名月の見所問ん旅寝せむ

   阿曽武津の橋

あさむづを月見の旅の明離

   玉江

月見せよ玉江の芦をからぬ先

   ひなが嶽

あすの月雨占なハんひなが嶽

   木の目峠いもの神也と札有

月に名をつゝミ兼てやいもの神

   燧が城

義仲の寝覚の山か月かなし

   越の中山

中山や越路も月ハまた命

   気比の海

国々の八景更に気比の月

   同明神

月清し遊行のもてる砂の上

   種の浜

衣着て小貝拾ハんいろの月

   金が崎雨

月いつく鐘ハ沈める海の底

   はま

月のミか雨に相撲もなかりけり

   ミなと

ふるき名の角鹿や恋し秋の月

   うミ

名月や北国日和定なき

   いま一句きれて見えず

昭和34年(1959年)、大垣市で発見されて大垣市立図書館に寄贈された。

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