俳 書

俳諧勧進牒』(路通編)


元禄4年(1691年)、路通自序。其角跋。

 元禄三年霜月十七日の夜、観音大士の霊夢を蒙る。あまねく俳諧の勧進をひろめ、風雅を起すべしと、金玉ひとつらね奉加につかせ給ふ。

   霜の中に根はからさじなさしも艸


   旅 行

はつ雪や聖小憎の笈の色
   風羅坊

   寒夜増信

庚申や山茶花すでに開る夜
   露沾

寐ごゝろや火燵蒲團のさめぬうち
   其角

      箇々円城

松の葉やあられひとつのすは(わ)りやう
   曲水

   金馬のとし仲冬中の七日、三四友をかたらひ
   て、こゝろざしを申し侍る。

人やしる冬至の前のとし忘れ
   素堂

いたつきのなくてまめなる鵆かな
   此筋

   貧 家

雪の夜や布子かぶれば足の先
   千川

   老の寐覚のかぎりなきに

雪やけや夜毎に孫が手をふかせ
   智月

初雪やふところ子にも見する母
   杉風

酒のめばいとゞ寐られぬ夜の雪
   風羅坊

   出羽国さかた、おなじつるが岡の便(たより)

初雪に熊の出たる海辺哉
   不玉

聞て行かれのゝ人のはなし哉
   重之

   つくしのかたにまかりし比、頭陀に入し五器
   一具、難波津の旅亭に捨しを破らず、ななと
   せの後、湖上の粟津迄送りければ、是をさへ
   過しかたをおもひ出して哀なりしまゝに、翁
   へ此事物語し侍りければ

これや世の煤にそまらぬ古合子
   風羅坊

   深川即興

かや船も一夜の霜の入江かな
   路通

   まつもとにて

初雪や四五里へだてゝひらの嶽(たけ)
   去来

国栖人(くずびと)のたばこをしらぬむかし哉
   荷兮

つくづくと身はならはしの雑煮哉
   野水

   春色新来一捧頭
  禅師
九億劫以前も同じけふの朝
   仏頂

 春

   正月廿九日月次興行通題梅

むめ咲て人の怒の悔もあり
   露沾

   饗応に侍る由、その日はことに長閑にて、薗
   中に芳艸をふみ、入口面白かりけるよし、う
   らやましさに追て加り侍る

梅の木やこのひと筋をふきのとう
   其角

花鳥にならふ柏のふる葉哉
   ろつう

   芭蕉の旧庵を尋て

むかし誰が小鍋あらひし莖(菫)
   曲水

   山 居

蛇くふときけば恐ろし雉子の声
   風羅坊

   草 庵

わがものとおもへばせはし春の庵
   路通

からざけのあたまばかりや春の雨
   越人

   訪閑居

一つかみあれば四五日わか菜哉
   荊口

   曾良餞別

汐干つゞけ今日品川をこゆる人
   素堂

   一日曲水を訪ひ、やくにたゝぬ事共云あがり
   て、心細く成行しに、膳所の友とてもてきた
   れりとりどり開き見るに、

   いねいねと人にいはれても、猶喰あらす旅の
   やどり、どこやら寒き居心を侘て

住つかぬ旅のこゝろや置火燵

   まだ埋火の消やらず、臘月末京都を退出、乙
   州が新宅に春を待て

人に家をかはせて我はとし忘れ

   三日口を閉て題正月四日

大津絵の筆のはじめは何仏

   金平が分別のごとく、ことしは休に致候而、
   歳旦おもひもよらず候へば、如此御座候。

    正月五日
ばせを(う)
    曲水様

  夏

   奈須のゝはらにて

野を横に馬引むけよほとゝぎす
   風羅坊

わすれ艸もしわすれなばゆりの花
   素堂

   六本木にて

下闇や地虫ながらの蝉の聲
   嵐雪

   
  其角父
竹の子や草木につかぬはなれ物
   東順

  秋

   いづもざきにて

荒海や佐渡によこたふ天の川
   風羅坊

   白川の関にて

名月や衣の袖をひらつかす
   路通

   奈須野にて

射らるなよ奈須のゝ鶉十ばかり
   仝

   伊勢の国又玄が宅へとゞめられ侍る比、その
   妻男の心にひとしく、もの毎にまめやかに見
   えければ、旅の心をやすくし侍りぬ。彼日向
   守の妻、髪を切て席をまうけられし心ばせ、
   今更申出て

月さびよ明智が妻の咄しせむ
   風羅坊

片腕は都にのこす紅葉かな
   キ角



   俳諧連歌勧進始曲水亭

あはれしれ俊乗坊の薬喰
   路通

 紙子のつぎに国々の衣
   曲水

借す事の面白きより金持て
   其角

 日剃はげたるさかやきの色
   里東



   路通餞別

花に行句鏡重し頭陀嚢
   露沾

 虻も胡蝶もすゝむはるの日
   路通



   乙州が江戸へ起(赴)くとき

梅若菜鞠子の宿のとろゝ汁
   風羅坊

 笠あたらしき春のあけぼの
   乙州



   旅立ける日も吟身やむことなふ(う)して

いでや空うの花ほどはくもる共
   路通

 句の上おもへはるばるの旅
   其角

 誹諧の面目何と何とさとらん、なにとなにと悟らん。はいかいの面目はまがりなりにやつてを(お)け。

 一句勧進の功徳は、むねのうちの煩悩を舌の先にはらつて、即心即仏としるべし。句作のよしあしは、まがりなりにやつてを(お)け。げにもさうよ、やよ、げにもさうよの。

狂而堂
   元禄四年の春

 勧進牒初巻於武江撰

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