俳 書

『続猿蓑』(沾圃編)


元禄7年(1694年)、撰集。俳諧七部集の一。

沾圃は能役者宝生流第十世宝生佐大夫。

元禄8年(1695年)10月12日、『翁草』の序を書く。

元禄11年(1698年)5月、刊行。

巻之上

八九間空で雨降る柳かな
   芭蕉

 春の烏の畠掘る声
   沾圃



いさみ立鷹引すゆ(う)る嵐かな
   里圃

 冬のまさきの霜ながら飛
   沾圃

大根のそだゝぬ土にふしくれて
   芭蕉



巻之下

   春之部

顔に似ぬほつ句も出よはつ桜
   芭蕉

角いれし人をかしらや花の友
   丈草

梟の啼やむ岨の若菜かな
   曲翠

   梅 附 柳

春もやゝ氣色とゝのふ月と梅
   芭蕉

ちか道を教へぢからや古柳
   李由

   鳥 附 魚

鶯や柳のうしろ藪のまへ
   芭蕉

   桃 附 椿

白桃やしづくも落ず水の色
   桃隣

   汐 干

のぼり帆の淡路はなれぬ汐干哉
   去来

   雜 春

春の日や茶の木の中に小室節
   正秀

   歳 旦

人もみぬ春や鏡のうらの梅
   芭蕉

萬歳や左右にひらひて松の陰
   去来

濡いろや大かはらけの初日影
   任行

   夏之部

ほとゝぎす啼や湖水のさゝ濁
   丈草

   瓜

朝露によごれて凉し瓜の土
   芭蕉

   早 苗
  長崎
京入や鳥羽の田植の帰る中
   卯七

   深川の庵に宿して

ばせを(う)葉や風なきうちの朝凉
   史邦
  長崎
石ぶしや裏門明て夕凉み
   牡年

立ありく人にまぎれてすゞみかな
   去来
  尾張
茨ゆふ垣もしまらぬ暑かな
   素覧

   穐之部

   名 月

名月に麓の霧や田のくもり
   ばせを

名月の花かと見えて棉畠

ことしは伊賀の山中にして、名月の夜この二句をなし出して、いづれか是、いづれか非ならんと侍しに、此間わかつべからず。月をまつ高根の雲ははれにけりこゝろあるべき初時雨かな、と円位ほうしのたどり申されし麓は、雲横(よこほ)り水ながれて、平田渺々(べうべう)と曇りたるは、老杜が唯雲水のみなり、といへるにもかなへるなるべし。 その次の棉ばたけは、言葉麁(そ)にして心はなやかなり。いはゞ今のこのむ所の一筋に便あらん。月のかつらのみやはなるひかりを花とちらす斗(ばかり)に、とおもひやりたれば、花に清香あり月に陰ありて、是も詩哥の間をもれず。しからば前は寂寞をむねとし、後は風雅をもつぱらにす。吾こゝろ何ぞ是非をはかる事をなさむ。たゞ後の人なをあるべし。

支考評

深川の末、五本松といふ所に船をさして

川上とこの川下や月の友
   芭蕉

鷄頭や鴈の来る時なを(ほ)あかし
   芭蕉

老の名の有ともしらで四十雀
   芭蕉

あれあれて末は海行野分かな
   猿雖

いなづまや闇の方行五位の声
   芭蕉

   伊賀の山中に阿叟の閑居を訪らひて

松茸や都にちかき山の形
   惟然

まつ茸やしらぬ木の葉のへばりつく
   芭蕉

   いせの斗従に山家をとはれて

蕎麦はまだ花でもてなす山路かな
   芭蕉

肌寒き始にあかし蕎麦のくき
   惟然

行秋を鼓弓の糸の恨かな
   乙州

行あきや手をひろげたる栗のいが
   芭蕉

   本間主馬が宅に、骸骨どもの笛鼓をかまへ
   て能するところを画て、舞台の壁にかけたり。
   まことに生前のたはぶれなどは、このあそび
   に殊(異)ならんや。かの髑髏を枕として、終に
   夢うつゝをわかたざるも、只この生前をしめ
   さるゝものなり

稲づまやかほのところが薄の穂
   ばせを

家はみな杖にしら髪の墓参
   芭蕉

   冬之部

   時 雨 附 霜

この比の垣の結目やはつ時雨
   野坡

けふばかり人も年よれ初時雨
   芭蕉

   元禄辛酉之初冬九月素堂菊園之遊

   重陽の宴を神無月のけふにまうけ侍る事は、そ
   の比は花いまだめぐみもやらず、菊花ひらく時
   即重陽といへるこゝろにより、かつは展重陽の
   ためしなきにしもあらねば、なを秋菊を詠じて
   人々をすゝめられける事になりぬ

菊の香や庭に切たる履の底
   芭蕉

けごろもにつつみてぬくし鴨の足
   芭蕉
(※「けごろも」は「敝」の下に「毛」)
   埋火

埋火や壁には客の影ぼうし
   芭蕉

   釈教之部

寐道具のかたかたやうき魂祭
   去来

ねはん会や皺手合る数珠の音
   芭蕉

   甲戌の夏、大津に侍りしを、このかみのもと
   より消息せられければ、旧里に帰りて盆会を
   いとなむとて

家はみな杖にしら髪の墓参
   芭蕉

   雜 題

   洛東の真如堂にして、善光寺如来開帳の時

涼しくも野山にみつる念仏哉
   去来

   旅之部

   送 別

   元禄七年の夏、ばせを翁の別を見送りて

麦ぬかに餅屋の見世の別かな
   荷兮

別るゝや柿喰ひながら坂の上
   惟然

   許六が木曾におもむく時

旅人のこゝろにも似よ椎の花
   芭蕉

   留 別

   洛の惟然が宅より故郷に帰る時

鼡ども出立の芋をこかしけり
   丈草

鮎の子のしら魚送る別哉
   芭蕉

十団子(とをだご)も小つぶになりぬ秋の風
   許六

大名の寐間にもねたる夜寒哉
   仝

つばくらは土で家する木曾路哉
   猿雖

   元禄三年の冬、粟津の草庵より武江におも
   むくとて、嶋田の駅塚本が家にいたりて

宿かりて名をなのらするしぐれかな
   ばせを
(う)

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