俳 書

『己が光』(車庸編)



元禄5年(1692年)夏、自序。

車庸は本名潮江長兵衛。大坂蕉門の一人。

 車庸・之道が勢多・石山の螢見に出向いた時、宿で芭蕉が書き残した句「己が火を木々の螢や花の宿」をたまたま目にし、この句を巻頭にして本集を編んだという。

己が火を木々の螢や花の宿
   翁

よひ月や螢かたつく小松原
   曲水

螢見や田楽さめぬ七つ鉢
   正秀

降だしてはらはら雨や螢谷
   乙州

   勢多の橋の下を漕せて

螢見や鯉も胴うつ五間の間
   車庸

雲のまの更て露けき螢かな
   游刀
  
我ながら童部らしさよ飛螢
   智月

   即 興
  珍碩
螢見や茶屋の旅籠の泊客

 湯殿の下駄に散レる卯の花
   車庸

そよそよと風にはちくの皮干て
   正秀

 笠一繩手先へゆく鑓
   昌房

百舌鳥ひくやおこしかけたる岨の月
   曲水

 露のよどみにむつはねてとぶ
   探志

椀家具も人の跡かる舶の秋
   之道



   京への文にきこえ侍る

それよりして夜明の馬や蜀魂
   其角

ほとゝぎす鳴や榎も梅さくら
   丈艸

石菖の朝露かろしほとゝぎす
   素牛

京にても京なつかしやほとゝぎす
   翁

郭公すがひ拍子や闇の友
   史邦

(どぢやう)ふむ雨の川原や郭公
   之道

塩かきの夜は声ちかしほとゝぎす
   河南

あけぼのゝ松にはじめて郭公
   鳳仭

   燭 寸
  去来
郭公なくや雲雀と十文字

 昼飯<ヒルゲ>ふるまふ麦の手つだひ
   之道

枝つきの御判を急度(きつと)表具して
   史邦

 おき臥やすし元服の後
   車庸



  午ノ年伊賀の山中

    春 興

種芋や花のさかりに売りありく
   翁

 こたつふさげば風かはる也
   半残

酒好のかしらも結はず春暮て
   土芳

 ぬぎかへがたき革の衣手
   良品



  春 部

人も見ぬ春や鏡のうらの梅
   翁

月影に梅くづを(お)るゝ光かな
   露沾

紅梅の九尺ばかりや釣簾<コス>の前
   史邦

初午や畠のむめのちり残
   素牛

ねぢ上戸けふは柳にやらしませ
   智月

衰や歯に喰あてし海苔の砂
   翁

鰻にもならずや去年の山の芋
   盤子

帰るとてあつまる鴈よ海の端
   去来

起よ起よ我友にせんぬる胡蝶
   翁

うつくしき顔かく雉子のけづめ哉
   其角

   盤子、白川へ行脚を聞て

鉢の子に請よ桜はちりぬとも
   智月

山藤のもとのゆがみを机かな
   去来

山吹や箔椀あらふさとの川
   句空

白桃やしづくもおちず水の色
   桃隣

   送芭蕉翁

   西上人の其きさらぎは法けつきたれば、我願
   にあらず。ねがはくは花の陰より松の陰、寿
   はいつの春にても、我とともなはむ時

松嶋の松陰にふたり春死む
   素堂

順礼と打まじり行帰鴈哉
   嵐雪

散花や沓を隔(へだつ)る足の裏
   其角

  夏 部

   曲水子にいざなはれて、勢田の螢見にまかり
   けるに、夕のほどながれにつゞきて下りぬる
   とかたれば、猶舟をさし下して

螢火や黒津の梢児が嶋
   去来

   江府よりの登にいせへ登りて

あひの山誰追かけてほとゝぎす
   乙州

   美濃ゝ国にて辰のとし

またたぐひ長良の川の鮎鱠
   翁

   南都の行

此水に米頬ばらんかきつばた
   素牛

はね釣瓶蛇(※「虫」+「也」)の行衛や杜若
   丈艸
  長崎
蚊やくらふ足かきながら高鼾
   卯七
  亡人
わりなくも尻を吹する凉み哉
   一笑

水無月や朝起したる大書院
   素牛

  秋 部

   木曾塚、無名庵に一夜あかして
  伊勢
木曽殿と背(せなか)を合する寒さ哉
   又玄

あさ露や木曾義仲の力瘤
   之道

   同じく菴にして

(たくみ)たる庭とも見へ(え)じ萩の露
   車庸
浅茅生やまくり手おろす虫の声
   去来
 加賀山中
柴人の昼寐をからむ蔦かづら
   桃夭

   ある智識ののたまはく、「なま禅大疵のもと
   (い)」とかや。いとありがたく覚て

稲妻にさとらぬ人の貴さよ
   翁

辻堂に梟立込月夜かな
   丈艸
  長崎
名月や唐土灘の明すかし
   魯町

名月や疊の上に松の影
   其角

打たゝく駒の頭や銀川
   去来

   車庸子の庭興

横わたす柄杓の露や錦草
   素牛

湖も広しくゐ(ひ)なの秋の声
   路通

一くゝり双紙やしめる木槿垣
   素牛

  冬 部

我雪とおもへばかろし笠の上
   其角

   小町画讃

貴さや雪降ぬ日も蓑と笠
   翁

草菴の火燵の下や古狸
   丈艸

たてつけの日影ほそしや水仙花
   素牛

(※「虫」+「也」)もせよ木兎もせよ雪の猫
   嵐雪

   大津にて

三尺の山も嵐の木葉哉
   翁

年の夜や引むすびたる襁<サシ>
   素牛

年の夜の鰤や鰯や三の膳
   去来

   翁、つゝがなく霜月初の日、むさしのゝ舊艸
   にかへり申さる。めづらしく、うれしく、朝暮
   敲戸の面々に對して

都出て神も旅寝寐の日數哉
   翁

   住捨てし幻住庵にはいかなる句をかのこされ
   けん。それはそれ、さて世の中をうけたまは
   るに

(バケ)ながら狐貧しき師走哉
   其角

かくれけり師走の海の鳰(カイツブリ)
   翁

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