昭和9年(1934年)11月4日、除幕。牧水の歌碑としては、沼津千本浜公園に次ぐもの。
昭和11年(1936年)5月18日、種田山頭火が懐古園を訪れて「二之丸阯の一つに牧水の歌が刻んである」と書いている。
ちなみに3番目は延岡市城山公園の「なつかしき城山の鐘」の歌碑で、昭和10年3月17日に建てられた。
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なつかしき城山の鐘鳴りいでぬをさなかりし日聞きしごとくに
昭和2年(1927年)7月24日、朝鮮旅行からの帰途、叔父(長田勧善)が住職をしていた台雲寺に滞在。その2階で城山の鐘を聞いて詠んだ歌。
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延岡はあまりに遠いので、見に行けない。
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ
『路上』 |
この歌碑はチェリーパークラインにある。
田村病院にもあるそうだが、よくわからない。
秋風のそら晴れぬれば千曲川白き河原に出てあそぶかな
『路上』 |
この歌碑は千曲川万葉公園にある。
大正11年(1922年)10月16日、若山牧水は『みなかみ紀行』の旅で岩村田から懐古園に入った。
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昨日から一緒になつてゐるこの土地のM―君はこの懷古園の中に自分の家を新築してゐた。そして招かれて其處でお茶代りの酒を馳走になつた。
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「この土地のM―君」とは宮坂古梁の事と思われる。
宮坂古梁は大正4年(1915年)ごろ懐古園内に藤村庵を建てているそうだ。
大正14年(1925年)6月、牧水は揮毫会で小諸を訪れている。
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