旅のあれこれ


幕末・維新ゆかりの地

 嘉永6年(1853年)6月3日、ペリー浦賀沖に来航。9日、久里浜に上陸。

 嘉永7年(1854年)1月16日(新暦2月13日)、ペリー再来。

 嘉永7年(1854年)3月3日、日米和親条約により下田開港。

 安政3年(1856年)7月、タウンゼント・ハリスが米国総領事として下田に来航。8月5日、日本最初の領事館が玉泉寺に開設された。

 安政3年(1856年)11月、篤姫は第十三代将軍徳川家定の正室となる。

 安政5年(1858年)4月23日、井伊直弼が大老に就任。

 安政5年(1858年)7月6日、家定が急死。

 安政5年(1858年)7月16日、斉彬が死去。

 安政5年(1858年)10月25日、徳川家茂第14代将軍に就任。

 安政6年(1859年)10月、徳川斉昭・松平春嶽・山内容堂らに幕府より謹慎の命が下る。

 安政6年(1859年)10月27日、吉田松陰は安政の大獄に連座して江戸伝馬町の獄刑場で没。

 万延元年(1860年)3月3日、桜田門外の変

 万延元年(1860年)、小栗上野介は日米修好通商条約批准書交換のため渡米。

 文久元年(1861年)8月、土佐勤王党結成。

 文久元年(1861年)10月20日、皇女和宮は十四代将軍家茂に降嫁するため、京都を出て、11月15日に江戸に着く。

 文久2年(1862年)3月16日、島津久光は兵を率いて鹿児島を出発、4月16日、京都に着く。

 文久2年(1862年)4月8日、武市瑞山の率いる土佐勤王党の刺客により吉田東洋は暗殺される。

 文久2年(1862年)4月23日、「寺田屋騒動」

 文久3年(1863年)5月11日、下関戦争

 文久3年(1863年)6月、高杉晋作は奇兵隊を結成。

 文久3年(1863年)7月2日、薩英戦争

 文久3年(1863年)8月16日、教法寺事件。高杉晋作は奇兵隊總督を免じられた。

 文久3年(1863年)8月18日の政変(七卿落)。

 元治元年(1864年)5月14日、神戸海軍操練所設置。

 元治元年(1864年)6月5日、「池田屋騒動」

 元治元年(1864年)7月11日、佐久間象山は三条木屋町で暗殺される。享年54。

 元治元年(1864年)7月19日、蛤御門の変(禁門の変)。

 元治元年(1864年)7月22日から24日にかけて、三条実美、三条西季知、四条隆謌、壬生基修、東久世通禧の五卿は御手洗の竹原屋(庄屋)に滞在。

 元治元年(1864年)7月23日、朝廷は幕府に対して長州追討の勅命を発した。

 元治元年(1864年)8月、四国艦隊下関砲撃。

 元治元年(1864年)12月15日、高杉晋作功山寺で挙兵。

 慶応元年(1865年)3月10日、新選組は屯所を壬生から西本願寺に移した。

 慶應元年(1865年)閏5月11日、武市半平太割腹。時に年37。

 慶応2年(1866年)1月21日、坂本龍馬の仲介により京都の小松帯刀邸で薩長同盟締結。

 慶応2年(1866年)1月23日、寺田屋に宿泊していた坂本龍馬は伏見奉行に襲撃され、九死に一生を得た。

 慶応3年(1867年)2月24日、伊達宗城西郷隆盛が会見。

 慶応3年(1867年)6月16日、西郷隆盛・小松帯刀・大久保利通は山縣有朋・品川弥二郎等が改めて薩長同盟の誓約。

 慶応3年(1867年)10月14日、大政奉還。

 慶応3年(1867年)11月15日、坂本龍馬は中岡慎太郎とともに近江屋で暗殺された。

 慶応3年(1867年)11月26日、御手洗の金子邸で長州・芸州間の倒幕の密約(御手洗条約)締結。

 慶応3年(1868年)12月7日、神戸開港。

 慶応3年(1867年)12月9日、王政復古の大号令。

 慶応4年(1868年)正月3日、鳥羽伏見の戦い

 慶応4年(1868年)2月、浅草本願寺で「彰義隊」を結成。

 慶応4年(1868年)3月1日、小栗上野介は権田東善寺に隠棲。

 慶応4年(1868年)3月14日、田町薩摩邸で「勝・西郷会談」。

 慶応4年(1868年)4月6日、五箇条の御誓文。

 慶応4年(1868年)4月25日、近藤勇は中山道板橋宿手前の平尾一里塚付近に設けられた刑場で斬首処刑される。

 慶応4年(1868年)閏4月6日、小栗上野介は水沼村烏川原にて斬首。

 慶応4年(1868年)閏4月26日、尾張・薩摩等の政府軍、栃原峠を越え願念寺・普賢寺に宿泊。

 慶応4年(1868年)5月1日、白河小峰城落城。

 慶応4年(1868年)5月15日、彰義隊の戦い。

 慶応4年(1868年)8月11日、横手の戦い。

 慶応4年(1868年)8月21日、母成(ぼなり)の戦い。

 慶応4年(1868年)8月22日、十六橋の戦い

 慶応4年(1868年)9月8日、明治と改元。

 明治元年(1868年)9月11日から9月27日まで荘内軍関川口最後の激戦。

 明治元年(1868年)9月22日、若松城開城。

 明治2年(1869年)5月11日、土方歳三は箱館の一本木関門(現若松町)付近で戦死。

 明治2年(1869年)5月18日、五稜郭開城。

 明治2年(1869年)9月5日、京都の河東操練所で下士官候補の訓練を開始。

 明治2年(1869年)9月4日、大村益次郎は京都で数人の暴漢に襲われる。

 明治2年(1869年)11月5日、大村益次郎死去。

 明治3年(1870年)1月13日、脱隊騒動。

 明治4年(1871年)1月19日、板垣退助・福岡孝弟が開成館西郷隆盛大久保利通・木戸孝允らと会談。薩長土三藩の協力で御親兵献上が決定した。

 明治4年(1871年)12月23日、岩倉使節団出発。

 明治6年(1873年)10月23日、明治六年政変。

 明治7年(1874年)2月、佐賀の乱

 明治9年(1876年)10月24日、神風連の乱

 明治9年(1876年)10月27日、秋月の乱

 明治9年(1876年)10月28日、萩の乱。

五稜郭

(北海道函館市)

母成峠古戦場

(福島県郡山市)

戸ノ口原古戦場

(福島県郡山市)

十六橋の戦い

(福島県郡山市)

旧滝沢本陣

(福島県会津若松市)

近藤勇と新撰組隊士供養塔

(東京都北区)

桜田門

(東京都千代田)

勝海舟邸跡

(東京都港区)

田町薩摩邸(勝・西郷の会見地)

(東京都港区)

蛤御門

(京都市上京区)

長州藩邸跡

(京都市中京区)

佐久間象山・大村益次郎遭難之碑

(京都市中京区)

酢 屋

(京都市中京区)

池田屋騒動之址

(京都市中京区)

坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地

(京都市中京区)

薩摩屋敷之址

(京都市中京区)

角 屋

(京都市下京区)

寺田屋

(京都市伏見区)

海軍操練所跡

(兵庫県神戸市)

御手洗

(広島県呉市)

金子邸

(広島県呉市)

玉木文之進旧宅

(山口県萩市)

「維新発祥の地」

忌宮神社の参道(山口県下関市)

「風の予言者・高杉晋作と奇兵隊」の像

(山口県下関市)

維新の志士たちが一堂に会した驚きの写真

(愛媛県喜多郡内子町)

宗城と西郷隆盛会見の場

(愛媛県宇和島市)

開成館跡

(高知県高知市)

武市瑞山先生殉節之地

(高知県高知市)

吉田東洋先生殉難之地

(高知県高知市)

天保山公園

(鹿児島県鹿児島市)

「旅のあれこれ」に戻る