幕末・維新ゆかりの地
吉田東洋先生殉難之地
追手門
高知市追手筋に
「オーテピア」
がある。
「オーテピア」の県道16号高知本山線沿いに「吉田東洋先生殉難之地」があった。
吉田東洋
(1816−1862)
本名正秋通称元吉。15代藩主山内豊資(容堂)に信任され、安政改革を推進。文武館を建設。「海南政典」を編纂したが公武合体策を堅持したため、
武市瑞山
の率いる土佐勤王登の刺客により、文久2年4月8日に暗殺された。
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