正岡子規の句碑


春や昔十五万石の城下哉

JR予讃線松山駅前に正岡子規の句碑がある。


正岡子規の句碑


春や昔十五万石の城下哉

『寒山落木 巻四』(明治二十八年 春)に収録の句。

「春や昔」は司馬遼太郎の『坂の上の雲』第一章の章名として用いられている。

昭和37年(1962年)5月、松山信用金庫創立50周年記念に建立。

 俳都松山を象徴する句碑。近代俳句の始祖、正岡子規の代表句である。

 初代藩主加藤嘉明は20万石、次の蒲生忠知は24万石、15万石は松平定行の禄高である。松平定行が伊勢の桑名よりお国入りしたのは寛永12年(1635年)。この句が出来た明治26年からみて260年も前のことである。「春や昔」の感が深い。日清戦争従軍記者として戦地に赴く直前の句。

松山市教育委員会

俳句の里 城下コース42番

 寛永4年(1627年)、加藤嘉明は会津40万石へ転封となる。

 蒲生忠知は蒲生秀行の子、会津藩主蒲生忠郷の弟、蒲生氏郷の孫である。

駅前東南の緑地帯植え込みの中に富安風生の句碑がある。

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