正岡子規


『寒山落木』

高浜虚子『子規句解』

『子規全集』(第一巻) ・ (第二巻)

『寒山落木 巻三』

   (明治二十七年 春)

日影薄く梅の野茶屋の寒哉

六郷の橋まで來たり春の風

   根 岸

薄緑お行の松は霞みけり

梅を見て野を見て行きぬ草加まで

籠さげて若菜つみつみ關屋迄

   (明治二十七年 夏)

日盛りの八百八町焔立つ

   上野清水堂

涼しさや梅も櫻も法の風

   動物園

夏やせとしもなき象の姿かな

   虚子を送る

躑躅さける夏の木曾山君歸る

   虚子の木會路を行くとて旅立ちする時 二句

馬で行け和田塩尻の五月雨

五月雨の木會は面白い處ぞや

破風赤く風緑なり寛永寺

   上野眺望

雲の峰凌雲閣に並びけり

   駒形堂に時鳥の飛びたるかたに

初松魚只一聲の夜明哉

神前の鳥居を上る毛蟲かな

   虚子の木曾へ旅立つを

あら戀し木曾の桑の實くふ君は

   不忍池

晝中の堂静かなり蓮の花

塚古りて咲くや點々の苔の花

山城の廓殘りて穂麥哉

   (明治二十七年 秋)

   王子權現祭禮

杉高く秋の夕日の茶店哉

   御行松

松一木根岸の秋の姿かな

   團子阪

賑かに都の秋の日和哉

   芋阪に名物の團子あり

芋阪も團子も月のゆかりかな

   川 崎

朝霧の雫するなり大師堂

   川崎大師堂山門を新築す

くさびうつ音の高さよ霧の中

   飛鳥山

目の下やおよそ紅葉の十個村

   河 崎

菊咲くや大師の堂の普請小屋

(明治二十七年 終リノ冬)

   佐 倉

常磐木や冬されまさる城の跡

   待乳山

町中に聖天高し冬木立

棒杭や四ッ街道の冬木立

『寒山落木 巻四』

   (明治二十八年 新 年)

   廣嶋行在所

空近くあまりまばゆき初日哉

   軍 艦

帆檣に人かき上る初日かな

   (明治二十八年 春)

   呉 港

大船や波あたゝかに鴎浮く

   呉 港

のどかさや檐端の山の麥畠

   宇 品

のどかさや畑をへだてゝ町一つ

   尾 道

のどかさや小山つゝきに塔二つ

   松 山

春や昔十五万石の城下哉

きれ凧の廣野の中に落ちにけり

   法龍寺父君の墓に詣でゝ

畑打よこゝらあたりは打ち殘せ

   厳 嶋

汐満ちて鳥居の霞む入江哉

   廣 嶋

春風や城あらはるゝ松の上

汐干潟隣の國へつゞきけり

   呉 港

呉かあらぬ春の裾山灯をともす

   奈良二月堂

廻廊や手すりに並ぶ春の山

   廣嶋比治山

鶯の口のさきなり三萬戸

観音で雨に逢ひけり花盛

   從軍の首途に 二句

いくさかな我もいでたつ花に剣

出陣や櫻見ながら宇品迄

   從軍の時

行かばわれ筆の花散る処まで

   興居島

鶏鳴くや小富士の麓桃の花

   松山龍穏寺

めづらしや梅の莟に初櫻

   松 山

故郷はいとこの多し桃の花

順禮の杓に汲みたる椿かな

   (明治二十八年 夏)

   碧梧桐の東歸を送る

短夜を眠がる人の別れかな

   須磨の松苗を鳴雪翁に寄するとて

水無月の須磨の緑を御らんぜよ

   神戸病院を出でゝ須磨に行くとて

うれしさに涼しさに須磨の戀ささに

   須磨寺

涼しさや石燈籠の穴も海

   壇 浦

涼しさや平家亡びし浪の音

   須 磨

暁や白帆過ぎ行く蚊張の外

ふるさとや親すこやかに鮓の味

   虚子の東歸にことづてゝ東の人々
   に申遣はす

ことづてよ須磨の浦わに晝寐すと

   須磨寺 二句

二文投げて寺の椽借る涼み哉

御佛も扉をあげて涼みかな

   松山東雲神社

五六町空に上りてすゞみかな

   松山南郊藥師

我見しより久しきひよんの茂哉

   松山東野

閑古鳥竹のお茶屋の人もなし

   須磨敦盛塚

石塔に漏るゝ日影や夏木立

   (明治二十八年 秋)

   正宗寺一宿を訪ふ

朝寒やたのもとひゞく内玄関

   須 磨 三句

灯ともさぬ村家つゞきの夜寒哉

蕎麥はあれど夜寒の饂飩きこしめせ

須磨寺の門を過ぎ行く夜寒哉

   霽月來る

やゝ寒み襟を正して坐りけり

   三津濱

海晴れて小富士に秋の日くれたり

牛行くや毘沙門阪の秋の暮

   留 別

十一人一人になりて秋の暮

秋晴れて兩國橋の高さかな

   松山城

秋高し鳶舞ひしつむ城の上

   松山郊外

秋晴れて見隱れぬベき山もなし

   千秋寺 二句

山本や寺は黄檗杉は秋

画をかきし僧今あらず寺の秋

   松山南郊藥師

寺清水西瓜も見えず秋老いぬ

   漱石に別る

行く我にとゞまる汝に秋二つ

新立や橋の下より今日の月

   正宗寺にて 二句

名月や寺の二階の瓦頭口(かとうぐち)

月芒拂子線香禪坊主

   松山を立ち出づるとて

思ひ出の月見も過ぎて分れけり

   須磨にて 二句

讀みさして月が出るなり須磨の巻

藍色の海の上なり須磨の月

   須磨寺

秋風や平家吊ふ經の聲

   須磨にて

名所に秋風吹きぬ歌よまん

   石手寺の御鬮に二十四凶病事は
   長引也命にはさはりなし」とあり

身の上や御鬮を引けば秋の風

   石手寺

秋風や何堂彼堂彌勒堂

   道後寶厳寺

色里や十歩はなれて秋の風

   故郷の蓴鱸くひたしといひし人もありと
   

秋風や高井のていれぎ三津の鯛

天の川濱名の橋の十文字

秋の日の高石懸に落ちにけり

   石手寺

護摩堂にさきこむ秋の日あし哉

四方秋の山をめぐらす城下哉

秋の山御幸寺と申し天狗住む

大寺の竈は冷へてきりぎりす

蜻蛉の御幸寺見下ろす日和哉

   今出村 二句

花木槿家ある限り機はたの音

汐風や痩せて花なき木槿垣

   道後遊郭の出口の柳は一遍上人御誕生地
   と書ける碑のしたれかゝりたるもいとう
   ちとけたるさまなるに

古塚や戀のさめたる柳散る

御所柿に小栗祭の用意かな

   道 後 二句

温泉の町を取り巻く柿の小山哉

柿の木や宮司が宿の門搆

   法隆寺の茶店に憩ひて

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

僧もなし山門閉ぢて萩の花

ほろほろと石にこぼれぬ萩の露

草の花練兵場は荒れにけり

草の花少しありけば道後なり

   漱石寓居の一間を借りて

桔梗活けてしばらく假の書斎哉

   余戸村を過ぐるに二十年の昔思ひいださ
   れて

じゅずだまや昔通ひし叔父が家

   愛媛教育雜誌百號の祝ひに 二句

松に菊古きはものゝなつかしき

百號に滿ちけり菊はさきにけり

犬山の城はるかなり稻の花

南無大師石手の寺よ稻の花

眞宗の伽藍いかめし稻の花

うぶすなに幟立てたり稻の花

稻の穂に姫路の城は暮れてけり

   鷺谷眺望

稻の穂に湯の町低し二百軒

   歸 京

稻の秋命拾ふて戻りけり

籾ほすや鷄遊ぶ門の内

   法龍寺に至り家君の墓を尋ぬれば今は畑
   中の荒地とかはりはてたるにそゞろ涙の
   催されて

粟の穂のこゝを叩くなこの墓を

   石手寺

通夜堂の前に粟干す日向哉

   霽月村居

粟の穂に鶏飼ふや一搆へ

砂土手や西日をうけて蕎麦の花

   秋二月故山に病をやしなひ今去るにのぞ
   んで

せわしなや桔梗に來り菊に去る

   (明治二十八年 冬)

十月の海は凪いたり蜜柑船

   漱石虚子來る二句

語りけり大つごもりの來ぬところ

漱石が來て虚子が來て大三十日

谷のぞく十綱の橋の寒さ哉

雲なくて空の寒さよ小山越

   漱石東京へ來りしに

足柄はさぞ寒かつたでござんしよう

   漱石來る

何はなくとこたつ一つを參らせん

吉原や晝のやうなる小夜時雨

眞間寺や枯木の中に仁王門

横須賀や只帆檣の冬木立

   不忍池

枯柳三味線の音更けにけり

ふゆ枯や鏡にうつる雲の影

   抹消句

五月雨の中に天山星が岡

『寒山落木 巻五』

   (明治二十九年 新年)

元日の人通りとはなりにけり

   芝紅葉舘久松家の宴會に松山の萬歳を見
   侍りて

澤龜の萬歳見せう御國ぶり

   (明治二十九年 春)

春風にこぼれて赤し齒磨粉

夕榮の五色が濱をかすみけり

   九段阪靖国神社

天邊に秀でたる眉をかすみけり

砂川や小鮎ちろつく日の光

崖急に梅ことごとく斜めなり

杉谷や有明映る梅の花

花の山鐘楼ばかりぞ殘りける

黒門も摺鉢山も桜かな

   松山十六日櫻

嘘のよな十六日櫻咲きにけり

   不忍池

辨天をとりまく柳櫻かな

   (明治二十九年 夏)

われ愛すわが豫州松山の鮓

   極堂の妻を迎へたるに

めでたさに石投げつけん夏小袖

われに法あり君をもてなすもぶり鮓

千住出れば奥街道の青嵐

童等の蝉さしにくる社かな

   松山にて大なる螢を義安寺といふ

義安寺は袋ごしにもいちじるき

   漱石新婚

蓁蓁たる桃の若葉や君娶る

草茂みベースボールの道白し

   (明治二十九年 秋)

薄の穂二百十日も過ぎにけり

山門をぎいと鎖すや秋の暮

長き夜や孔明死する三國志

寄席はねて上野の鐘の夜長哉

小博奕に負けて戻れば砧かな

朝霧や船頭うたふ最上川

   靖國神社

誰やらが睨んでござる秋の風

雁低く薄の上を渡りけり

にぎやかに鰯引く也九十九里

   松山にて女の桶をいたゞきて魚を賣る者

   其桶を五郎櫃といふ

五郎櫃を追ひかけて行く蜻蛉哉

佛へと梨十ばかりもらひけり

柿くふや道灌山の婆が茶屋

   送 別

旅はものゝ那須の薄にだまされな

   不折の新婚を

二人のめ四百歳づゝ菊の花

南天の實をこぼしたる目白かな

三日月の頃より肥ゆる子芋哉

何ともな芒がもとの我亦香

   (明治二十九年 冬)

小春日や南を追ふて蠅の飛ぶ

行く年を母すこやかに我病めり

冬されや狐も喰はぬ小豆飯

霜月の空也は骨に生きにける

   漱石の松山へ行くを送る

寒けれど富士見る旅は羨まし

煎餅干す日影短し冬の町

子を抱いて巨燵に凧を揚げる人

男の童と女の童と遊ぶ巨燵哉

   今出飛白の発明者鍵谷かな子の功徳を彰
   さんとて伊予郡の人より句を乞はれて

おもしろや紙衣も著ずにすむ世也

餅を搗く音やお城の山かつら

   明月和尚百年忌

風呂吹を喰ひに浮世へ百年目

   龜戸

藤枯れて晝の日弱る石の牛

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