|
明治32年(1899年)7月17日、伊豆箱根鉄道駿豆線(豆相鉄道)三島〜大仁間開通。 明治42年(1909年)、島崎藤村、田山花袋、蒲原有明らは大仁(おおひと)から修善寺温泉まで歩く。 |
|
『伊豆の旅』 |
|
大仁温泉は昭和12年の夏、大仁金山の地下98メートルから突然80度の高温で噴出したもので、以来広く皆様にご利用いただいております。大仁金山は、徳川幕府が江戸時代、佐渡金山と並ぶ豊富な埋蔵量があるとの事で、厳重な警護の元に管理採掘されていたと伝えられております。 その後、時と共に変り、昭和の時代に帝国採金大仁鉱業所となり、現在、採掘は中止されたままになっていますが、温泉は変わる事なく金脈の中よりこんこんと湧出しており、黄金の湯としてお楽しみいただいております。 |
|
八月四日夜、大仁ホテル、志賀直哉氏あり、 中川一政畫伯あり、安藤鶴夫君あり つゝぬけにきこゆる聲や月の下
『草の丈』 |




|
泉質はアルカリ性単純温泉(弱アルカリ性低張性高温泉)というが、pH値が分からない。 |


| 昭和43年(1968年)10月29日、富安風生は大仁ホテル泊。蛭ヶ小島へ。 |
|
昭和44年(1969年)、水原秋桜子は「大仁ホテル」に泊まっている。 |
|
大仁ホテル 玉椿かこめる亭(ちん)にめざめけり>
『緑雲』 |
|
昭和45年(1970年)、水原秋桜子は「大仁ホテル」に泊まっている。 |
|
大仁ホテル 二句 夜の雨のしぶく離亭や雪柳 靄に鳴くうぐひす夜雨はあともなし
『緑雲』 |
