昔の温泉静 岡

大仁温泉「大仁ホテル」
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三島から国道136で大仁温泉へ。


 明治32年(1899年)7月17日、伊豆箱根鉄道駿豆線(豆相鉄道)三島〜大仁間開通。

 明治42年(1909年)、島崎藤村田山花袋、蒲原有明らは大仁(おおひと)から修善寺温泉まで歩く。

 吾儕の身體も冷えては居たが、湯も熱かつた。谷底の石の間から湧く温泉の中へ吾儕は肩まで沈んで、各自(めいめい)放肆(ほしいまゝ)に手足を伸ばした。そして互に顏を見合せて、寒かつた途中のことを思つて見た。

『伊豆の旅』

当時、大仁温泉はなかった。

〜金山から湧き出る黄金の湯〜

 大仁温泉は昭和12年の夏、大仁金山の地下98メートルから突然80度の高温で噴出したもので、以来広く皆様にご利用いただいております。大仁金山は、徳川幕府が江戸時代、佐渡金山と並ぶ豊富な埋蔵量があるとの事で、厳重な警護の元に管理採掘されていたと伝えられております。

 その後、時と共に変り、昭和の時代に帝国採金大仁鉱業所となり、現在、採掘は中止されたままになっていますが、温泉は変わる事なく金脈の中よりこんこんと湧出しており、黄金の湯としてお楽しみいただいております。

昭和19年(1944年)8月4日、久保田万太郎は「大仁ホテル」に泊まる。

   八月四日夜、大仁ホテル、志賀直哉氏あり、
   中川一政畫伯あり、安藤鶴夫君あり

つゝぬけにきこゆる聲や月の下

『草の丈』

今日は大仁温泉「大仁ホテル」に泊まる。

「大仁ホテル」は富士を望むリゾートホテル。

部屋から見る富士山


あいにくの曇り空で残念だ。

「大仁ホテル」大浴場


この季節、内風呂の写真はうまくとれない。

「大仁ホテル」露天風呂


露天風呂から見る富士山


源泉名は熊坂1号というが、よく分からない。

 泉質はアルカリ性単純温泉(弱アルカリ性低張性高温泉)というが、pH値が分からない。

泉温は51.9℃。

貸切風呂は無料。


すべて掛け流しのようだ。

翌朝、思い掛けず雪が降り出した。

「大仁ホテル」は長嶋監督が愛した宿。

「大仁ホテル」離れ


長嶋監督が泊まったのは「離れ」に違いない。

 昭和43年(1968年)10月29日、富安風生は大仁ホテル泊。蛭ヶ小島へ。

 昭和44年(1969年)、水原秋桜子は「大仁ホテル」に泊まっている。

   大仁ホテル

玉椿かこめる亭(ちん)にめざめけり>

『緑雲』

 昭和45年(1970年)、水原秋桜子は「大仁ホテル」に泊まっている。

   大仁ホテル 二句

夜の雨のしぶく離亭や雪柳

靄に鳴くうぐひす夜雨はあともなし

『緑雲』

志賀直哉西条八十も泊まった宿らしいが、いつのことか分からない。

大仁から山伏峠を越えて熱海に向かった。

雪で大変だった。

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