
|
「長楽寺境内碑文集」には芭蕉の「芭蕉翁面影塚」を始め38基の碑が集録されている。 『姨捨・いしぶみ考』(矢場勝幸)には長楽寺周辺のものを含め、67基の碑が詳しく説明されている。 |

|
をばすて山の月見にまかり侍りしに、此所の八幡宮神主(の)許にて侍りし会に、 |
|
あひにあひぬをばすて山に秋の月
宗祇句集『老葉』 |



|
『もとの水』、『風羅袖日記』、『俳諧一葉集』、に収録されているが、存義句。 『芭蕉句解参考』には「愚考、姨捨山に姨石とて二石あり、夫を姨ひとり泣といふ自句のうら成べし。」とある。 『芭蕉句鑑』には「姨石と」とある。 |


|
思ひきや今年の月を姨捨に 立子 小諸に一年住んでをるうちに、だんだん地方に知人が出來て、更級の郡にも南星、杜子美などいふ人があつて、今年の月を姨捨に見に來ないかといふ話があつたのは八月のはじめであつた。仰山な企てにしないで、五六人のつゝましやかな會合ならばと約して、神宮司廳の暦を繰つて見ると、九月二十二日が舊暦の八月の望とあった。
(昭和20年11月『ホトトギス』) |
|
だがわたくしには、信濃俳人の代表者とも云うべき小林一茶の句碑がそこに見当たらぬのがやはり気になった。一茶は文化6年8月15日に村松春甫と云う俳人と共に、姨捨に月を仰ぎ、「けふといふ今日名月の御側かな」の句をのこしているからである。
『信濃路文学散歩』(野田宇太郎) |
