新年の旅日記

山内神社〜「大政奉還を喜ぶ山内容堂公」の像〜
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高知市鷹匠町の鏡川沿いに山内神社がある。

東参道入口に馬場孤蝶の文学碑があった。


一輪ノ皎月中天ニ輝クヲ見タリ

昭和62年(1987年)6月、孤蝶の碑を建てる会建立。

 孤蝶馬場勝弥は明治2年11月8日高知城下中島町西詰に生まれた。兄辰猪の気概をうけつぐと共に文学的資質に恵まれ、藤村樋口らと交わり、小説・詩・評論・随筆・小唄・外国文学にわたる広い領域で活躍、人権・社会主義を求めて生きた。昭和15年6月22日東京渋谷区松涛町で没す。享年70歳。

手水舎の奥に澤村芳翠の句碑があった。


亭午の日浮立たせゐし冬紅葉

亭午は正午のこと。

平成3年(1991年)1月、龍巻会建立。

澤村家は、藩主山内豊昌公より豊信公の世まで7代にわたり典医として仕えた。

先生は大正3年12月1日高知市水通町76番地に生る。本名良高。澤村家九代。医学博士。俳誌龍巻主宰。高濱虚子・高野素十門。ホトトギス同人。

なお、能楽喜多流正教授、太鼓は葛野流、小鼓は幸流。社中芳翠会を主宰す。

山内神社


「大政奉還を喜ぶ山内容堂公」の像があった。


平成14年(2002年)4月10日、山内家土佐入国400年を記念して建立。

土佐十五代藩主山内容堂(豊信)
1827〜1872

 幕末激動の時勢に際し、その識見と才能をもって国事に参与。幕末四賢侯の一人として天下に名を馳せる。慶応3年10月、大政奉還を建白し維新への扉を開く。

ギヤマンの杯を片手にあぐらをかいている様子を再現したそうだ。

題字は山内家第十八代山内豊秋。

西参道を出ると「近衛兵之碑」があった。


碑 文

一 昔 近衛兵ありき 御垣守とて歌に詠まる
二 明治四年 薩長土三藩 兵を献じ 近衛兵となる
三 明治七年 徴兵制による近衛部隊編成さる
四 明治二十四年 近衛師団新編 国軍の中堅となり
  兼ねて禁闕守衛と儀仗の重責を負う
五 我等土佐の健児 選ばれて栄光を担い 郷関を出で 至尊に咫尺し
  また戦野に若き血を燃しつ
六 昭和四十四年 高知県近衛会を結成 戦後の再建に微力を尽くす
  経済大国となるも 他面史観と倫理観の確立を望み
  思いをこの一碑に託す

   御垣守近衛健児の赤心をこの碑に託す祖国永久なれ

高知県近衛会

高知県近衛会会長山内豊秋書。