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誰かさんが誰かさんが誰かさんがみつけた ちいさい秋ちいさい秋ちいさい秋みつけた めかくし鬼さん手のなる方へ すましたお耳にかすかにしみた よんでる口笛もずの声 ちいさい秋ちいさい秋ちいさい秋みつけた |
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作詞 サトウハチロー
作曲 中 田 喜 直 「自分は大人も子供も歌える歌しか書けないがそれでもいいか」と断ってかいたのがこの歌詞でした。自分の家にいて感じた秋の繊細な風物と時代の新しい動きが微妙に入り混じり、今でも新鮮な趣きがあります。秋の郷愁を巧みに誘い込む中田喜直の作曲により大ヒットし昭和37年日本レコード大賞童謡賞を受賞しました。 |

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月の砂漠を はるばると 旅の駱駝が ゆきました
まさを |
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作詩 加 藤 まさを
作曲 佐々木 すぐる 詩人で画家でもあった加藤まさをは、大正12年青年時代しばしば滞在した千葉県御宿町の砂丘の風物を、美しい幻想的情景として表現しました。 世界中は、丁度アール・デコと呼ばれるはなやいで、豊かな様式の時代であいた。 |


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みかんの花が咲いている 思い出の道丘の道 はるかに見える青い海 お船が遠くかすんでる
加藤省吾書 |
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作詩 加藤省吾
作曲 海沼 実 この曲が作られた昭和21年は、敗戦により人々は食べるにも事欠く、みじめな日々を過して居ました。 母と子が一緒に歌える事と、川田正子の歌声によって、広く大衆の心をつかまえましたが、この歌には母親を通じて何か心の奥底から生きる夢をさそい出す様な、しみじみした力があり、人々明るく元気付けました。 なお、原題は「みかんの花咲く丘」でした。 |



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烏 なぜ啼くの 烏は山に 可愛七つの 子があるからよ 可愛 可愛と 烏は啼くの 可愛 可愛と 啼くんだよ 山の古巣に 行つて見て御覧 丸い眼をした いい子だよ |


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叱られて叱られて あの子は町までお使いに この子は坊やを ねんねしな 夕べさみしい村はずれ こんときつねがなきゃせぬか |
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平成元年4月26日、龍野市は高知県安芸市と童謡の里によるまちづくりと「小京都」とも呼ばれる城下町がとりもつ縁により姉妹都市提携を結び、未来永劫の友好、親善を誓いました。 歌碑「叱られて」は安芸市出身の作曲家弘田龍太郎の作品であり、氏はこのほかに、「雀の学校」「靴が鳴る」「春よこい」等多くの童謡を残しております。 |


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夕焼けこ焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘が鳴る お手々つないでみな帰ろ 烏と一緒に帰りましょう 子供が帰った後からは 圓い大きなお月さま 小鳥が夢を見るころは 空にはきらきら金の星 |
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作詞 中村雨紅
作曲 草川 信 「夕焼け小焼け」のうたが、いつどの様にして作詞されたか正確にわかってはおりません。多分、大正12年頃の作品らしく、「文化楽譜、あたらしい童謡」と表紙をつけて発表されました。残念なことにその楽譜も関東大震災でほとんど焼失し、わずか13部ばかりが残り、それがもととなりひろがったと言うことです。 |

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静かなしずかな 里の秋 お背戸に木の実の 落ちる夜は あゝ母さんと ゝ二人 栗の実にてます いろりばた |
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作詞 斎藤信夫
作曲 海沼 実 この童謡は、昭和16年に出来上りました。戦地に赴いている父親を案じる家族達を思って書かれた歌詞と悲しみの抒情的メロディが、親子の絆の深さを訴え、多くの留守家族に強い共感を与えました。 |
