
|
清少納言が『枕草子』で「橋はあさむつの橋」とあげ、催馬楽にも歌われて以来、藤原定家・松尾芭蕉らの歌・句に詠まれた名所である。 |
|
ことづてむ人の心もあやふさにふみだにも見ぬあさむつの橋
『皇后宮大輔百首』 |

| 越に来て冨士とやいはん角原の |
|||||||||||||||
| 文殊がたけの雪のあけぼの |
|
朝六つや月見の旅の明ばなれ
芭蕉 |
|
元禄2年(1689年)8月13日(新暦9月26日)、芭蕉は神戸洞哉とともに夜明け前に福井を立ち、明け方にあさむつ橋にさしかかった。 |
|
漸白根が嶽かくれて、比那が嵩あらはる。あさむづの橋をわたりて、玉江の蘆は穂に出にけり。鴬の関を過て湯尾峠を越れば、燧が城、かへるやまに初鴈を聞て、十四日の夕ぐれつるがの津に宿をもとむ。
『奥の細道』 |
|
『泊船集』(風国編)に「淺水のはしを渡る時俗あさうつといふ清少納言の橋はとあり一條あさむつのとかける處なり」と前書きがある。 |
|
元禄16年(1703年)秋、岩田涼菟はあさむつの橋を訪れている。 |
|
あさむつの橋に揃ふや小鷹狩 |
|
享保6年(1721年)、露川は朝六つ橋で句を詠んでいる。 |
| 朝六つの橋と聞て、 |
||
| あさむつの橋や田植のむら雀 | 居士 |
|
|
朝六や誰も通らず秋の風 |
