俳 書

『初便』(知方編)


朱拙の後見で知方が撰集したもの。知方は「筑前嘉磨」の人。「大村氏」。

題名は芭蕉の「蓬莱に聞ばや伊勢の初便」に因んだもの。

元禄15年(1702年)春、朱拙序。

元禄15年(1702年)1月、惟然跋。

   初便集叙

渭樹紅雲の情をはこふものはむかしより此筋なりとて編集に初便の名をなしてこれか添削をもとめ序を乞へる人は誰そ筑前の處士知方の主也是をあまあまと肯て蛇(※「虫」+「也」)に足をそふるそしりをまねくものは誰そ四方郎朱拙也されは折からの蓬莱によくも此心操をになひ出されけりとこゝろになつかしまれて管城(フンテ)をとる事になりにたり

   壬午春人日

   花は
  風羅老子
聲よくは諷ふものをさくらちる

   五老井彼岸さくらのさかりに
近江彦根
團子の名に彼岸をわたす櫻哉
   許六
  伊賀
うきついて花の香のする男哉
   猿雖
 おなしく
朝酒のそれはことなる花こゝろ
   土芳

   さらに劉怜か鋤もたのましなと興して
 大津僧
醉死ぬ先から花の埋ミけり
   丈艸

   一季半季の奉公いかにいそかしき浮世にや
  江戸
請状の隙を一日花見かな
   利牛
筑前穂波
出替りのまたしまらすに花見哉
   助然
豊後日田
葉の底に花を殘して麥の雨
   野紅

   四方郎とあつまのかたの遊吟あらかしめちき
   りて
  
月花や共に四方のこゝろさし
   風國
  江戸
十六夜や人も四十は花の老
   史邦
  江戸
そろそろと花の盛や女かち
   杉風
豊後日田
此あたり山おもしろや花はまた
   里仙

   十歳の叟百歳の童われらこときは風月の喰ひ
   たはれ
豊後日田
月花の髭男とはいはれたし
   朱拙
 大津尼
我としのよるとはしらす花盛
   智月
伊賀上野
花有て蝶も徃て來る柴の門
   卓袋
  大坂
花に寢てつかまるゝ迄蝶の夢
   之道
豊後日田婦
梅か香やのそきたけれと人の中
   倫
ミノ大垣
梅か香にひらくや兒の折手本
   千川
 膳所
梅かゝや明つひろけつ破障子
   正秀
筑前嘉磨
梅かゝや酢蓋は明て有なから
   知方
尾州ナコヤ
梅かゝのあつまり兼て夜は寒し
   露川

   鳥は
加州金沢
鶯のまたれて啼や日一日
   北枝
  大津
鶯やそはに目白も啼たかほ
   乙州
 ミノ僧
あかりては下り明ては夕雲雀
   支考
三州新城
ない袖はふられぬ野鷄(キシ)の舞羽哉
   桃先
  ミノ
八専も照りて仕廻や時鳥
   文鳥
  江戸
蜀公あとには聲の崩れけり
   孤屋
 おなしく
三日月の影飛けすや時鳥
   曾良
  江戸
町中や徃來覺て鶸小雀
   野坡

   月は
  
朧ても月に何にもあらはこそ
   惟然

   長崎へ遊吟する比筑後柳川に汐を待て
筑前直方
名月や二階の下は何處の人
   一定

草むすふ戸を乘出すや月の客
   丈艸

いさよひや北に黒のつき初る
   許六

   雪は
ミノ大垣
初雪やうゝうといふは老の常
   荊口

初雪や塀直さんといひくらし
   野坡
近江平田
新宅や大工のとまる夜の雪
   李由

月雪や列(ツレ)は知識に成果ぬ
   丈艸

   木は
  江戸
木のまたのあてやかなりし柳かな
   凡兆
  ミノ
我足に川の音きくやなき哉
   此筋

軒口を出るや柳の一せこし
   野坡

   草は

   しら川にて

若芝にはや寢たくみや高封疆(トント)
   惟然

   あきかせ

七月や地獄の釜も秋の風
   許六

   溟々に吟身こちけたるものは白氏の秋より猶
   まさりて

秋立や草臥者に風のをと
   一定

   雨は
  越中
落さふな雲の茂ミや時雨先
   浪化

   よ所に名の立唐崎の松

時雨やありし厠の一つ松
   其角

   けたものは
  尾州
朝露や畠によこす鹿の角
   素覧

   虫は
  大津
きりきりす啼や背中を負ふことく
   尚白

雨水をすゝりあきてや虫の聲
   丈艸

   嘉辰靈霄は
  
老の身に青みくはゆる若な哉
   去來
  サカ
野櫻の花見かてらや雛見舞
   野明

稲妻にしのひくらへよ星の宿
   野坡

   衣服は

口ほとに五人くらすや衣かへ
   野坡
  大坂
一日て花に久しき袷かな
   佛兄

   浪々を訪ふ人に申つかはしける

金二兩光り過たり紙子代
   史邦

   農事は

猪の靜な年や粟はたけ
   丈艸

   四序の寒暑は

   餞 別

瓢箪の水の粉ちらす別哉
   丈艸

すゝみする中チを見らるゝ凉み哉
   野坡

火燵からおもへは遠し硯紙
   沙明

   聳ものは

おらもはや霞む知る人もゝすかち
   惟然

   四時の終は

行秋や梢にかゝる鋤(カンナ)
   丈艸

   筑前直方にて

行秋や花にふくるゝ旅衣
   去來

   清女の文にならひて

我かほて干鮭賣のさし出けり
   野坡

   題初便集後

筑紫筑前好士大村氏知方我か翁の風流をあまなひ日居月諸心のすしをこゝにのとまれよの常朱拙によりて琢磨せられけるとそ終に其功あらはれてこの比一つの撰あり初たよりといふ是を見るに共に當門の玉なり其光西東をわたり南北に廣(ヒロコ)れり亡師いまそからは眉をのへらるへきものを噫

   壬午 正月   雲從惟然謾書

俳 書に戻る