衣にもあらず、羽織にもあらず、荒布の一重を肩にかけたるは、其操にひかれて目にもたゝず。寅(宣)風坊のほとりに、家一つを三つに分て、四畳半の座中に柱さへかどかどし。欠たる鍋、煤けたる行燈をしめして、月花のためには、朝暮の煙をだにかへり見ず。其のよる所、一方に落ざれば、専(もはら)風雲の友を得ることやすし。滑<シル>谷小関の捷径<チカミチ>をぬけて、湖水の春に漱(くちすす)ぎ、淀・樟<クツ>葉をへて、難波の月に嘯く。たまたま山藤の力をたぐりて、頃(このごろ)一つの集思ひ立ぬ。はなは宗祇の昔に匂ふとかや。実は蕉翁の吟に熟して、普く人の翫(もてあそび)となれり。しかれども、椎・樫のけぢかく、栗柿の興あるたぐひを離れて、ひたすら深山下風(おろし)にがらめきつゝ、塵打払ふ枝葉は、素牛子が心に任てはびこり行むもの、其限をしらず。
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秋
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関の住、素牛何がし、大垣の旅店を訪はれ侍り
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しに、かのふぢしろみさかといひけん花は、宗
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祇のむかしに匂ひて
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藤の実は俳諧にせん花の跡
| 芭蕉
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さぞ砧孫六やしき志津屋敷
| 其角
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雲津川にて船よぶ人多かりけれど、むかふ(う)
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にさしとめて見むかず
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秋風に耳の垢とれ渡し守
| 去来
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七夕に出て兎も野をかけれ
| 酒堂
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七夕や先寄あひてお(を)どり初(ぞめ)
| 素牛
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閉閑の頃
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蕣や昼は錠おろす門の垣
| 芭蕉
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芭蕉菴に宿して
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蕣や夜は明きりし空の色
| 史邦
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一通り猪の牙の跡の薄かな
| 之道
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渋笠やここで着初めむ花薄
| 丈草
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鵯に立ち別れゆく行脚坊
| 正秀
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仲秋翫月雑説
月の大きさは其見る人によりて定れることなし。気力の猛に健なると、くだりてたゆめるとよりぞ、かくは替れるものならし。又おもふに、血気うすらげる人は、万に心細く過し、四年五年の秋を忍び、此二夜三夜のあそびをあだにせず、情を催す事の大なるは、彼光を見るのたぐひならんや。まして風騒の旅寝をはかなみ、入江の浪に枕をそばだつ。槧人(さんじん)酒堂は、此秋の光をいかゞ見られけるにやと、洛の素牛子を伴ひて、浪華の幽居を敲くに、主(あるじ)大にうなづき悦て、競ひ集る門下の人々を携へ、一酔一詠、心々の佳景を沙汰す。此頃は雨気の雲一筋をかけず、吹ちぎりたる大虚(おほぞら)は、いづこも常ならぬ気色を、梨の梢に見晴して、松の下枝に瓦灯をかゝぐ。待宵は蓑立子が亭にして、八つの鐘を聞たり。望チは猶晴まさりて、旭<アサ>日のさし出づるより、今宵の月は手に入ておぼゆ。暮を待ず高津の宮居近く一船に乗こぼれて、末は茨住吉に漕捨てぬ。芦の葉陰に袒(はだぬぎ)て、「露は今宵より白し」と見あげたれば、月は山の端にあかみ出て、大さいはん方なし。此郷(さと)や堀江川橋さまざまの名に流て、海原の果なきむかしをとぶらふ。悲歎栄辱まちまちにして、中ンづく寿永・元亨の恨を結ぶ。雲は武庫・千釼破(ちはや)の峯にふつくみ、浪は須磨・一谷の荒砂にむせぶ。はつかり金に星白けて、はぜ(※「魚」+「殳」)釣船の隣なつかし。今風雅の世にかしらをさしつどひて、志深き友を得る事誠に興ぜざらんや。諷し尽、酌み尽(※「酉」+「爵」)して、東雲(しののめ)すでに近し。十六夜は雲くろみ立、雨そぼふる。殊に暁立つ旅人さへあれば、此まゝに酌みあかすべき勢ひに怖れて、「みつればやがてかく月の」なんど打なぐりて、夜のものに逃込けるに、しからば此あそびの有増(あらまし)を記せと、あとさきより引起して、灯のもとにつきむけぬ。漫(そぞろ)に筆を潤(※サンズイに「此」)して、酔の眸(まなこ)をおしぬぐへば、しらずいくつの月をか写しけむと(を)おかし。
塩壺の庇のぞかんけふの月
| 素牛
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しら浜や犬吠かゝるけふの月
| 丈草
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| 京
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名月や何に驚く雉の声
| 示右
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| 大津尼
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立待や痺<しびり>直さん臼の上
| 智月
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居待月起て守らん枕挽(ひき)
| 仝
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寝待月船も閑(しづか)に行次第
| 仝
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美濃にて宗祇の藤を尋(たづぬる)比
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其藤の古根や秋のやどり草
| 荷兮
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藁焚(たけ)ば灰によごるゝ竈馬<イトゞ>哉
| 丈草
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張残す窓に鳴入るいとゞ哉
| 素牛
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酒落堂にて
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露萩もおるゝ斗(ばかり)に轡虫
| 越人
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湖上吟
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田の肥に藻や刈寄する礒の秋
| 素牛
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朝露のいざり車や草の上
| 素牛
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別長崎卯七
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枝々に別るゝ秋や唐辛
| 酒堂
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物干にのびたつ梨の片枝哉
| 素牛
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素牛が家に宿して
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菊の香や御器も其儘宵の鍋
| 支考
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菊の花咲や石屋の石の間
| 芭蕉
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人々嵯峨の宿を
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とはれけるに
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| 去来
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木の本に円座取巻け小練年
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夜一夜笑ふ名月の晴
| 野童
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駒迎鼻毛ひらずに御供して
| 素牛
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冬
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くろみ立沖の時雨や幾所
| 丈草
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有明に成てたびたび時雨哉
| 許六
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しがみ付岸の根笹の枯葉哉
| 素牛
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| 尾張
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蓑笠も世に足る人や冬籠
| 露川
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尋元政法師墓
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竹の葉やひらつく冬の夕日影
| 素牛
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鞍壺に小坊主乗や大根引
| 芭蕉
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嵐雪の新宅を訪て
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水瓶や場(には)かたまらぬ冬椿
| 酒堂
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鵜の糞の白き梢や冬の山
| 素牛
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朝霜や聾の門の鉢ひらき
| 丈草
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万句興行のみぎりに
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初霜や小笹が下のえびかづら
| 素牛
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| 大阪
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置霜やけふ立つ尼の古葛籠(つづら)
| 園女
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鵯や霜の梢に鳴渡り
| 素牛
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目をむひ(い)て木兎(みみづく)住むや菴の留主
| 鳳仭
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出屋敷や枝折に枯る樗(あふち)の実
| 洒堂
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詣因幡堂
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撫房<ナデボウ>の寒き姿や堂の月
| 素牛
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茶をすゝる桶屋の弟子の寒哉
| 素牛
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枯芦や朝日に氷る鮠(はえ)の顔
| 素牛
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欲填溝壑唯疎放
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水草の薦(こも)にまかれん薄氷
| 仝
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雪雲や鬼も肱<カイナ>を出すべう
| 去来
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野径亭に諷シて
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蝋燭のうすき匂ひや窓の雪
| 素牛
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唐犬(たうけん)や扶持にはなるゝ雪の中
| 素牛
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水仙や朝寝をしたる乞食小屋
| 素牛
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| 加州
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椽<たるき>には木練(こねり)釣けり枇杷の花
| 丿松
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春
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鶯や雀よけ行えだ移り
| 去来
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鶯や根笹をつたふ湯立くど(※「土」+「突」)
| 素牛
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新壁や裏も返さぬ軒の梅
| 素牛
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宗鑑の陳迹を尋て
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梅ちるや観音草の道の奥
| 素牛
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詣聖廟
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二月や松の苗売る松の下
| 素牛
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芭蕉菴を出る時
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故郷へ雁に壱歩が銭分ん
| 洒堂
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燕や赤士道のはねあがり
| 素牛
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ほそぼそと塵<ゴミ>焚門の燕かな
| 丈草
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広き野を只一呑や雉の声
| 鳳仭
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とりちらす檜<クレ>木の中や雉の声
| 素牛
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菜の花の匂ひや鳰の礒畑
| 素牛
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野馬(かげろふ)のゆすり起すや盲蛇
| 丈草
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花に寢ぬ是も類か鼡の巣
| 芭蕉
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文台に扇ひらくや花の下
| 素牛
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世の中を見切てちるか山桜
| 許六
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うかうかと来ては花見の留主居哉
| 丈草
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夏
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卯の花のたえまたゝかん闇の門
| 去来
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郭公声横たふや水の上
| 芭蕉
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竹の子に呼ばれて坊のほとゝぎす
| 素牛
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かるの子や首指し出して浮藻草<ヒルモグサ>
| 素牛
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蓴菜や一鎌入るゝ浪の隙(ひま)
| 素牛
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橘や定家机のおき所
| 杉風
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| 尾張
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竹植て竹の子を見る人は誰
| 巴丈
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嵯峨、鳳仭子の亭を訪し比、川風涼しき橋板
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に踞して
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涼しさや海老のはね出ス日の陰リ
| 素牛
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涼しさや野飼の牛の額つき
| 鳳仭
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東武におもむきし頃木曾塚に各吟会して離
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別の情を吐く事あり
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涼風に蓮の飯喰ふ別かな
| 史邦
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別史邦吟士
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起伏にたばふ紙帳も破れぬべし
| 素牛
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猶名残を惜みて行々
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石山のほとり一夜を明し
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行水や戸板の上の涼しさに
| 仝
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素牛を宿して
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すゝみ出て瓜むく客の国咄し
| 智月
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訪素牛市居二句
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蚊遣火の隣は暑しつるめさう
| 史邦
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涼しさや竈二つは有ながら
| 洒堂
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素牛にこととは侍折ふし、我宿のことし
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げゝれば、隣寺に伴て
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古寺をかりて蚊遣も夜半かな
| 正秀
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客 中
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くらがりに覆盆子(いちご)喰けり草枕
| 史邦
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芭蕉翁岐阜に行脚の頃したひ行侍て
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見せばやな茄子をちぎる軒の畑
| 素牛
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子ども等よ昼顔咲キぬ瓜むかん
| 芭蕉
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