2019年大 分

高崎山自然動物園〜高浜虚子の句碑〜
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大分市神崎の高崎山自然動物園(HP)に行ってみることにした。

駐車場料金は420円。

入園料は520円。

高崎山の歴史

 「高崎山」は標高628メートルのトロイデ(鐘情火山)で、その名は別府湾に面して「高き山の出埼」となっている山容にちなんだものだといわれ、都市近郊におけるニホンザルの生息地(国指定天然記念物)として全国に知られています。

 また、高崎山は中世、豊後国の守護として君臨した大友氏の詰め城・高崎(山)城が山頂部に築かれた山でもあります。この山城は14世紀の半ば・南北朝時代の頃に築かれ、九州の北朝方の拠点として、幾度となく攻め寄せて来た肥後・菊池氏を中心とする南朝勢の攻撃に耐え抜きました。

 16世紀に入ると、大友家臣・朽網(くたみ)氏の反乱党がたてこもったほか、天正14年(1586年)島津氏の豊後侵入に際して、大友義統(宗麟の子)が府内(大分)から退却の途中ここに入城しています。

 山城のなごりは、主郭などの曲郭や土塁のほか、のろし台とも推定される遺構が山頂部に、また南側山腹には竪堀が残されており、かつての高崎城の姿をしのぶことができます。

大分市

昭和27年(1952年)11月9日、高浜虚子は万寿寺別院で句謡会。

十一月九日 高崎山万寿寺別院 句謡会

 謡会終りてしばし夕紅葉

 人顔はいまだ定かに夕紅葉


正面の石段中腹に高浜虚子の句碑があった。


人顔はいまだ定かに夕紅葉

 昭和37年(1962年)11月26日、国立公園高崎山自然動物園開園10周年記念に建立。

この句は高浜虚子先生が昭和二十七年十一月十日當山で催された句謡会の席上でよまれた當日自書されたものである。

万寿寺別院


臨済宗妙心寺派の寺である。

「高崎山自然動物園」の沿革

 ニホンザルは、世界のサルの仲間では最も北に生息し、その北限は青森県の下北半島で、日本各地の山野に昔から生息していました。

 高崎山にも古くから猿がすんでいたことが、江戸時代初めの古文書に猿にまつわる話が記されていることからうかがえます。

 しかし、開園前の高崎山の猿は、山すそにたびたび出没し農作物を荒らしまわり、周辺の農家の人々を大変困らせていました。

 そこで、昭和27年11月、当時の大分市長上田保氏が農作物の被害防止と野生の猿を多くの人々に見てもらうため猿寄せを始めました。毎日、萬寿寺の庭(現在の猿寄せ場)に立ち、ホラ貝を吹き鳴らし、好物のリンゴやサツマイモをまくなどして、翌年の2月ようやく猿寄せに成功しました。

 こうして高崎山は 日本で初めて「野生猿の動物園」として昭和28年3月に開園され、この年11月には「高崎山猿生息地」として国の天然記念物に指定されました。

 以来、猿の頭数も年々増え、今では世界最大の猿の群れになり数多くの観光客に親しまれ、学術面でも霊長類研究に大いに役立っています。

 また昭和52年5月にはイタリアのローマ市立動物園に当園の猿30頭が贈られ、国際親善にも一役かっています。

大分市

さる寄せ場へ。


さるの保育園


係員の説明も面白く、飽きることはなかった。


さるっこレール


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