昔の温泉福 島

磐梯熱海温泉「四季彩一力」

indexにもどる

 駒止湿原から国道289号で国道121号(会津西街道)に戻り、磐梯熱海温泉に向かう。

湯野上温泉で右折し、国道118号に入る。

羽鳥小学校の手前で左折し、猪苗代湖に抜ける。


とんでもない悪路だった。カーナビに頼ると、時々ひどい目に遭う。

なんとか国道49号に出て、磐梯熱海温泉へ。


今日は磐梯熱海温泉四季彩一力(HP)」に泊まる。

四季彩一力」の前に久米正雄の句碑があった。


一力の灯は庭川に雪暮るる

 久米正雄は長野県上田で生まれたが、6歳の時に母の実家がある郡山に移っている。

安積中学校(現安積高校)時代に新傾向俳句を学び三汀と号した。

四季彩一力」は「日本の宿を守る会」の宿。

5,000坪の名庭園「水月園」


12帖+10帖という部屋の広さに驚いた。

ところどころに活けられている花もしゃれている。




露天風呂「雪ぼうし」


源泉名は郡山市営第1号泉、第4号泉、第7号泉統合泉。

泉質は単純温泉。pH9.40。泉温は53.0℃。

残念ながら掛け流しではない。

低温泉「ぬる湯」


源泉名は保護組合泉。「四季彩一力」が源泉を所有する古くからの名湯だそうだ。

泉質は単純温泉。pH9.28。泉温は33.1℃。

浴槽は29℃だというから、かなり温い。

「ぬる湯」にじっと入っているのもいいものだ。

こちらは掛け流し。

庭園の片隅に大町桂月の詩碑があった。


紅葉青山当面横一庭泉石
自幽清晩来雲気圧檐角
三尺近鱗躍有声

七言絶句である。

紅葉青山当面横(紅葉青山面に当って横たはる)
一庭泉石自幽清(一庭の泉石おのづから幽清)
晩来雲気圧檐角(晩来の雲気檐角を圧し)
三尺近鱗躍有声(三尺の金鱗踊って声あり)

 大正7年(1918年)、「一力旅館」創業。

 大正9年(1920年)の秋、大町桂月は「一力旅館」に宿泊し、漢詩を揮毫。

 一力ホテルへ戻つて、雨を眺めた。雲を眺めた。紅葉の山をながめた。池の鯉を眺めた。

   紅葉青山当面横。一庭泉石自幽清。晩來雲気圧檐角。三尺金鱗躍有声。

「会津の山水」(磐梯山)

 園主の先代小口小四郎、遠近の園林を訪ねて想を構へ、匠を仙台より招き、指揮してこの庭を築き、園屋ともに成って業を創めしは大正7年なり。翌々9年、文豪大町桂月、来泊して詩あり。

大森志郎「水月園の記」

 大正13年(1924年)、大町桂月は再び「一力旅館」を訪れている。

 昭和42年(1967年)5月、「一力旅館」は創業50年を記念し、大町桂月の詩碑を庭園(水月園)の一角に建立。

昭和29年(1954年)10月20日、水原秋桜子は一力に泊まっている。

   同日、岩代熱海温泉一力に泊る

庭の瀬にあまた魚跳ぶ若楓

『玄魚』

母成峠へ。

昔の温泉福 島〜に戻る