2012年京 都

永観堂〜獅子門歴代句碑〜
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京都市左京区永観堂町に永観堂がある。


阿弥陀堂


阿弥陀堂の下に獅子門句碑が31基ある。

第一世 松尾芭蕉翁


古池や蛙飛込む水の音

第二世 各務支考


牛呵る聲に鴫たつゆうべ哉

第三世 仙石廬元坊


住倦いた世とはうそなり月と花

第四世 田中五竹坊


あふむいて分別はなしけふの月

第五世 安田以哉坊


つつたつて杉こころなしけさの雪

第六世 大野是什坊


くもるほどによい空奪ふ桜かな

 文化3年(1806年)3月、野村白寿坊建立。田上菊舎は建碑式に参列。『道の花』。

 文化10年(1813年)、田上菊舎は『手折菊』を携えて永観堂に詣でた。

 詣永観堂

俳祖蕉翁より累代の石碑先師是什坊まで連綿たる此境内なれば、先づと手折菊集一部携まうでゝ

萌初る雪の下下見そなはせ

『都の玉ぎぬ』

 文化12年(1815年)、田上菊舎は永観堂に参詣している。

   永觀堂に詣下向暮に及て

雲も鳥も見かへる寺のさくら哉

『殘菊集 二』(都のしらへ)

第七世 野村白寿坊


ほろほろと雨のふり出す枯野哉

第八世 岡崎風廬坊


聞き給ふものなし雲に郭公

天保6年(1835年)、山本友左坊建立。

第九世 山本友左坊


影もにほふかと思はれつ梅に月

 弘化4年(1847年)3月、青木奚花坊は京都の永観堂で友佐坊の一周忌法要を営み句碑を建立。

中 略

第十五世 国井化月坊


花こゝろさまして雲にほととぎす

以下略

昭和32年(1957年)3月、第三十二世高橋清斗は11基を追加建立。

十一基句碑建て紅葉のとばり解く   清斗

高橋清斗は笠松町北及の人。

昭和33年(1958年)6月6日、79歳で没。

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