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まず始めに留学生たちをおどろかせたのはオランダ人夫妻のキスシーンでした。 慶応元年(1865年)といえば、まだ日本は鎖国中。甑島・大島出張と偽り、イギリス人グラバーの手引きで、羽島(鹿児島県いちき串木野市)を出帆してから20日目、シンガポールでの出来事です。それからはもう見るもの全てがが驚きの連続。アイスクリーム、高層建築、汽車……。66日かけて彼らはやっとロンドンに着きました。 留学生の主な顔ぶれは、32歳の新納久脩(にいろひさのぶ)を団長に、引率者として町田久成、松木弘安、五代友厚、学制では後に初代東京開成学校(現東京大学)学長となった畠山義成、初代文相森有礼。最年少で当時13歳だった磯永彦助(長沢鼎)はアメリカに定住し、ぶどう王といわれました。留学生を引率者新納や五代の現地での活躍もめざましく、パリ万国博への薩摩藩の参加を決め、当初の目的であった紡績機械の買い付けにも成功しました。また松木弘安(寺島宗則)は、イギリスとの外交折衝で、倒幕運動への助力を得たのです。 明治維新という大きな時代変化の中で帰国した留学生たちは、それぞれに大きな役割を担いました。 |




